2012年に設立され、今年で10周年を迎えるアメリカの映画会社A24。『ムーンライト』や『レディ・バード』『ミッドサマー』等の人気作を続々と送り出し、日本でも映画の領域を超えたデザイン・ファッション・カルチャーのブランドとして定着している。
若手のクリエイターを積極的に発掘することでも知られているA24がコラボレーションした新進気鋭の作り手のひとりが、ジャニクサ・ブラヴォー。スタイリストとしてキャリアをスタートした彼女は、近年ではMiu Miuとコラボレーションして短編映画の制作を行うなど順調にキャリアを築いている。
そのジャニクサ・ブラヴォー監督がA24のもとで手掛けた長編映画『Zola ゾラ』が、2022年8月26日(金)に劇場公開。ある女性が体験した衝撃的な事件を綴った148のツイートを基にしたスリラーだ。本インタビューでは、ブラヴォー監督のキャリアを振り返りつつ、感性の源泉を語ってもらった。
interview & text : SYO
『Zola ゾラ』
監督・共同脚本:ジャニクサ・ブラヴォー
出演:テイラー・ペイジ、ライリー・キーオほか
ウェイトレス兼ストリッパーのゾラはレストランで働いていたところ、客としてやってきたステファニと「ダンスができる」という共通点で意気投合し、連絡先を交換する。すると翌日、ステファニから「ダンスで大金を稼ぐ旅に出よう」と誘われ、あまりに急なことで困惑するも結局行くことに。これが48時間の悪夢の始まりとは知らずに……。148のツイートから生まれた実話をもとにしたコメディスリラー。
8月26日(金)より、東京の「新宿ピカデリー」、東京・渋谷の「ホワイトシネクイント」ほかにて全国公開。トランスフォーマー配給。© 2021 Bird of Paradise. All Rights Reserved
ジャニクサ・ブラヴォー監督
――ジャニクサ・ブラヴォー監督はご両親が仕立て屋さんで、ニューヨーク大学で衣装・舞台美術&デザインを専攻。ご自身も卒業後スタイリストとして活動されていましたが、衣装に関わるお仕事をしたい、という想いが強かったのでしょうか。
実はスタイリストという仕事があることを知らなくて、スタイリストの仕事に就いたのは本当に偶然でした。両親がハイエンドのプレタポルテ(高級既製服)の仕事をしていたのでデザイナーという仕事があることはわかっていたのですが、当時は、衣装デザイン=時代物というイメージがあり、自分の頭の中では衣装デザインと服の仕事が結びついていなかったんです。
私がスタイリストの仕事を始めたのは、大学時代の同級生であるジョン・ワッツ(トム・ホランド版『スパイダーマン』シリーズの監督で知られる)がきっかけです。彼が関わっている現場の衣装デザイナーが何らかの理由でいなくなってしまい、「ジャニクサだったらスタイリングできるよね」といきなり仕事を振られたんです。そこで初めて「スタイリスト」という言葉を知りました(笑)。
そういった流れなので、最初の頃は何を求められているのかよくわからず、全然仕事ができませんでした。それまでの自分は、映画のスタイリングや衣装デザインというのは監督や役者本人が作り上げているものだと思い込んでいるくらいだったんです。
『Zola ゾラ』メイキング。右から、ジャニクサ・ブラヴォー、ステファニ役のライリー・キーオ、ゾラ役のテイラー・ペイジ。
――そうだったんですね! そんななか、2011年に最初の短編『Eat!』を制作されましたが、監督業を志したのはどういった経緯からなのでしょう?
監督をやってみたいと思ったのは、ニューヨーク大学1年生の2学期目のことでした。元々小さい頃に持っていた夢は、オリンピックに出場することと役者になること。陸上をやっていてジュニアオリンピックの出場資格を得るところまでは行けたのですが、16歳で脊椎を痛めてしまい、手術をせねばならず参加できませんでした。そこで陸上の夢は諦めて、役者1本に絞ったんです。
そしてニューヨーク大学に進学し、演技・演出・デザインをメインにしている専攻に入りました。大学という安全な場所で試行錯誤を重ね、失敗の中で学べたことが今の自分の財産になっているので、本当に感謝しています。学生を経験せず社会人になってしまっていたら、今日の自分はなかったでしょうね。私は演劇をメインに学んでいたため、短編映画を作りながら映画制作を学んでいきました。いまでこそ様々なプラットフォームで自作を発表することができますが、当時はまだまだそんなことはできなかったので、人知れず短編を作り、トライ&エラーを繰り返して上達していく段階を踏めたことが良かったと思います。
――初短編『Eat!』からMiu Miuの『House Comes With A Bird』まで組んでいる俳優のキャサリン・ウォーターストンさん、本作の衣装を手掛けているデリカ・コールさんもニューヨーク大学のご出身ですね。こうした仲間たちとの出会いも、大学で得られた恩恵のひとつかなと。
いまも密にコラボレーションできる仲間は大学で出会った人たちなので、自分にとってはすごく大きかったと思います。もちろん、大学で学べるのは特別なことですし、この仕事をしていくうえで必ずしも大学に進学する必要はないとも感じます。ここ10~15年に仕事上で出会った素晴らしいクリエイターで、大学出身ではない人たちもたくさんいますから。
ただ私にとってはニューヨーク大学で過ごした時間は本当に価値のあるもので、カントリークラブのように居場所を与えてくれました。映画やMV、CMの仕事への入り口になったのは大学時代の友人関係からですしね。でも面白いのは、演劇を専攻していたのに仕事として広がったのは映像からだったということです。
いま名前を挙げてくださったキャサリンのように、大学で出会った人でなければ自主制作の映画は作れなかったし、いまも当時の友人たちや彼らが紹介してくれた人と一緒に仕事をすることが多いですね。また、『Eat!』をサウス・バイ・サウスウエスト(略記SXSW。音楽や映画、テックの総合イベント)で観てくれたマイケル・セラが次に制作した『Gregory Go Boom』に出てくれて、その作品を観たアリソン・ピルが『Woman in Deep』に出てくれて……といったように、つながりでどんどん広がっている部分もあります。
映画『Zola ゾラ』より
――ここまでは横軸のつながりのお話を伺いましたが、縦軸のお話もお聞かせください。ジョン・カサヴェテス、ペドロ・アルモドバル、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーといった監督陣がお好きと伺いましたが、視覚的インスピレーションを受けた『コフィー』『チャイニーズ:ブッキーを殺した男』『ナチュラルボーンキラーズ』、フィリップ=ロルカ・ディコルシアやディアナ・ローソンといった写真家たちはもともとお好きなのか、『Zola ゾラ』の参考資料として新たに取り入れたのかどちらでしょう?
私は作品を作る際、まずビジュアルから考えていきます。『Zola ゾラ』は当初予定されていた監督が降板して私が撮らせてもらうことになったのですが、まずはビジュアルイメージを形成するための資料集めと、イメージボード作りから始めました。その作業にはトータルで1年以上費やしたと思います。
そうやってイメージボードを作るのは、色調や全体のムード、キャラクター作り、小道具、衣装デザインなどに生かすため。いま、私がお話ししているのは仕事部屋なのですが、ここには写真集や美術書が200冊くらいあります。私自身がアートブックのコレクターでもあるので、他の部屋にも大量に本が置いてあります。
そういった中で、共通して出てくるイメージがあります。今回は写真家3人で、挙げていただいたフィリップ=ロルカ・ディコルシアは光の使い方を参照しました。彼の代表作『Hustlers』という、男性のセックスワーカーたちの写真集にインスパイアされています。
映画『Zola ゾラ』より
ディアナ・ローソンは、通常ならスポットライトが当たらないような人達を、セットアップした美しい写真でスターのように見せる写真家です。写された被写体は、皆、悲劇的に演出されるのではなく祝福されているようなのです。様々な人達が、背筋を伸ばした凛とした姿で写されているところに彼女の温かさや優しさ、寛大さを感じます。
そして、マキシ・マグナーノ。現代のアメリカを撮影する作家で、スティーブン・ショアやウィリアム・エグルストンを大人にしたようなテイストの写真家といえば伝わるでしょうか(笑)。ショアやエグルストンがロマンティックなまなざしでアメリカを写していたのに対し、マグナーノは現在の状況も反映した、透徹した目線でアメリカを見ています。そして、空間の捉え方が印象的です。
さらに私達の世代の映画といえば、『クルーレス』ですね。この映画のことも念頭にありました。
『Zola ゾラ』メイキングより
――衣装についても伺えればと思います。劇中、ある衝撃的な場面でステファニがシャツのすそを結んで制服風ミニスカートを合わせています。そのスタイルに、ブリトニー・スピアーズの「…Baby One More Time」を思い出し、そのシーンでブリトニー風の衣装が登場することの意味を考えてしまいました。
まさにその場面のステファニは『…Baby One More Time』をリファレンスしました。衣装に関しては本当に色々な作品を参考にしていて、ゾラが多くの場面で着ているセットアップのギンガムチェック柄は、『オズの魔法使』のドロシーのイメージから。ゾラも、ドロシーと同じように、違う世界を訪れて自分の人生を変えるような経験をする。ただ、ゾラがドロシーと違うのは、出会う3人が全く友だちになりたくない人物であるということです(笑)。
観たときになんとなく『オズの魔法使』を想起してほしくてドロシーのイメージを入れたのには、世界観としての側面もありますね。基本的にこの映画は現実に根差していますが、演技はちょっと演劇的というか、誇張したものになっています。そういった演技のテイストにも衣装をリンクさせたのは、現実に起きたことを誰かに話すとき、誰しも自分の体験をちょっと盛ってオーバー気味に話すことがあるからです。そのことを、演劇的な演技で表したかったのです。
また、衣装面で非常に重要だったのは、ゾラがステファニに出会ったとき、「NO」と言えないような説得力を持たせること。観客が「これは断れないな」と思えるようにするために、出会いのシーンでは、ステファニを魅力的に、デリシャス(おいしそう、食べてみたい)なイメージで構築しました。バブルガムみたいにカラフルでおいしそうだったステファニが、途中からヘビのように狡猾な存在に変貌するーー。そのため、ある場面からは爬虫類柄をステファニの衣装の裏テーマにしたのです。映画でぜひご覧いただけたらと思います。
▼『Zola ゾラ』の監督、ジャニクサ・ブラヴォーに
インスピレーションを与えた主な作家と作品リスト▼
✓写真集『Hustlers』(1990-1992年) 撮影・フィリップ=ロルカ・ディコルシア
✓写真家・ディアナ・ローソン
✓写真家・マキシ・マグナーノ
Instagram:@suffer_rosa
✓映画『クルーレス』(1995年)
✓ブリトニー・スピアーズ「…Baby One More Time」 (1998年)
✓映画『オズの魔法使』(1939年)
▼ジャニクサ・ブラヴォー監督が手がけたショートムービー▼
『Eat!』(2011年)
『Gregory Go Boom』(2013年)
『Pauline Alone』(2014年)
『Man Rots From The Head』(2016年)
Miu Miu Women’s Tale #23『House Comes With A Bird』(2022年)
ジャニクサ・ブラヴォー Janicza Bravo ● アメリカ・ニューヨーク出身。ニューヨーク大学のプレイライツ・ホライズンズ・シアター・スクールで演出と演劇のデザインを学び、ニューヨーク、ロサンゼルス、マドリッドで演劇を上演。キャサリン・ウォーターストンとブレット・ゲルマン主演の初の短編映画『Eat!』(日本未公開)はSXSWでプレミア上映された。2016年、ドナルド・グローヴァーが主演、制作総指揮、監督、脚本を務めるコメディードラマ「アトランタ」の1話を監督。’17年、中年俳優アイザック(ブレット・ゲルマン)を主人公にした風刺コメディ『Lemon(原題)』にて長編デビュー。同作はサンダンス映画祭で上映された。そのほかの監督作に、ドラマ「ミセス・アメリカ~時代に挑んだ女たち~」(’20年)や「イン・トリートメント」(’21年)など。本作の成功により一躍脚光を浴び、人気ブランドMiu Miuの女性監督シリーズに抜擢され、待機作も多数。
Instagram : @janicza
『Zola ゾラ』
WEB : https://transformer.co.jp/m/zola/
Twitter:@Zola_movie