日本から世界へ飛び出したクリエイターたちをシリーズで紹介。
今回のゲストはジュエリーデザイナーの安室麗奈さんです。
ジュエリーデザイナーの安室麗奈さん。パリの自宅にて。
若手クリエイターの登竜門として名高いイエール国際フェスティバルで、市民賞に輝いたジュエリーデザイナーの安室麗奈さん。神奈川で生まれ育ち、19歳の時に単身渡仏。それから5年、世界的なコンペティションでフラッシュを浴びた彼女のアトリエ兼自宅を訪ねた。
授賞したコレクションより。写真の指輪はロッキングチェアからインスパイアされた「ロッキング・リング」。Photo : Diane Sagnier
「より深く自己の思考を分析することができた」
イエール国際フェスティバルのアクセサリー部門ではファイナリストのショールームが開かれる。今年は感染対策で入場制限が行われたが、そんな中でも常に人を集めていたのが安室さんのスタンドだった。作品の説明をするのはデザイナー自身の役割。好奇心旺盛なフランス人から次々と投げかけられる質問に、丁寧に対応する彼女の姿が印象的だった。
出品されたのは天然の籐とシルバーを組み合わせたモダンなジュエリー。アイデアのベースにあるのは3つの“Confortable(快適な、心地よい)”で「自然がもたらす安らぎ」「着け心地のよさ」「環境へのやさしさ」を意識したデザインになっている。籐を編み込んだ細やかな手仕事、なめらかなカーブを描くシルエットが独創的で、この作品は来場者たちの投票で決まる市民賞をみごと獲得した。
籐は早く育ち、修繕できる素材。末長く使ってもらえるようにという願いが込められている。ブレスレット(左)は方向を変えて着用でき、イヤリング(右上)は指輪にもなる。
イエール国際フェスティバルの授賞式での記念撮影。
「思考錯誤して作り上げた作品をようやく発表することができ、このような名誉ある賞をいただけてとても光栄です」と受賞後のインタビューで語った安室さん。
「発表にあたってより深く自己の思考を分析することができました。無意識に作っている形だったり、構造だったり。質問されて答えているうちに初めて自分でも気づかされるというか。展示場では多くの方から嬉しい言葉をかけていただきました。興味を持ってくれて、感動してくれたり『どこで買えるの?』『あなたに投票するよ!』と言ってくれたり。結果を聞いた時はその方々の顔や言葉が頭に浮かびました」
インタビューに答える安室さん。
「フランス語がまったくできなかった」
抜群のファッションセンスを見せる安室さんは、物心ついたときから装うことへの関心が人一倍あったという。幼少期には保育園に「ヒールの靴を履いていきたい!」と駄々をこね、母親を困らせたというエピソードも。
「下着でさえも気に入らないと保育園に行きたくないと言って、本当に面倒な子供だったそうです。子供用のヒールのある靴を持っていて、大人への憧れがあったのですよね。ファッションに興味を持ったのは、美容師だった祖母の影響もあります。ソバージュヘアでつけまつ毛をしていて、山本リンダみたいな人でした。『その服かわいいね、私も欲しい!』って、友だちみたいにファッションの話もできるファンキーなお婆ちゃんだったんです」
早くから専門職への進路を定めた安室さんは、ファッションが学べるバンタン研究所の高等部へ入学。卒業後は海外で勉強を続けたかったが、1年間はアパレル企業での研修とアルバイトで資金を貯めた。留学先はファッションの本場パリにあるステュディオ・ベルソー。2016年、期待を胸にフランスに渡った安室さんだが、待っていたのは言葉の壁だった。
「フランス語がまったくできなかったんです。前もって語学学校にも行かなかったので。何とかなるとずっと思っていて、でも何とかならなかったですね。その状態で学校に入ってしまったので、まずは理解しようとする姿勢を見せて、とにかくニコニコしていようと思いました。ですが、1か月くらい経った頃、先生たちに呼ばれて….。休学か退学をさせる話になったようなのですが、その時は言葉が分からなかったので次の日も普通に笑顔で学校へ行ったんです。もし先生の言っていることが分かっていたら、くじけて退学していたかもしれません」
それでも学校に通い続けた安室さんは、言葉のハンデはあったものの真面目に授業を受け、課題とフランス語に打ち込む日々を送った。
「親切な級友が授業の後に分かりやすい言葉で説明してくれて、とても助けられました。授業中は先生の言っていることを聞き逃さないようにと、すごく真剣でしたね。言葉ができない分、人の二倍三倍やらないと、と思って。課題は、出された範囲がよく分からなかったので全部をやっていました。夜は家でフランス語の勉強をして、そうゆう生活を繰り返していたら半年くらい経った頃に、徐々に言葉が理解できるようになりました。そうすると、私のことを無視していた先生とコミュニケーションがとれるようになり、すごく親切に教えてくれるようになったんです」
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