ファッションが大好きで、これまでリメイクなどでミシンにも触れてきた俳優の奥平大兼さんが、初めてのテーラードジャケット作りに挑戦!世界にたった一着のジャケットが完成するまでに完全密着し、全5回にわたってお届けします。
その記念すべき第1回では、Scye(サイ)のパターンカッター、宮原秀晃さんに、ベーシックなテーラードジャケットのパターンメイキングを習います。同じ絵型でも引く人によって全く異なる出来上がりになるのが、パターンの面白さ。奥平さんは、一体どんなパターンを完成させる?
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / hair & makeup : Akihito Hayami
今回作るジャケット
ウールの二つボタンテーラードジャケット
今回、奥平さんが教わるのは、サイのテーラードジャケットの基本形(マスター)として使われているジャケットのパターン。シングルのテーラードジャケットで、フロントは二つボタン。左胸にアウトポケットが一つ、左右にフラップつきの腰ポケットがあり、袖は等分2枚袖。このジャケットは両玉縁の内ポケットつきですが、それは高度な技術を要するので、今回は総裏仕立ての内ポケットなしに仕様変更です。最もベーシックなテーラードジャケットで、ジャケットのパターンの奥深さに触れます。
Scyeのジャケット、裏地(両玉縁の内ポケット)
2000年にスタートしたファッションブランド、Scye(サイ)のパターンカッター。文化服装学院ファッションビジネス科(現・ファッション流通科)卒業。ブランド名はテーラー用語で「袖ぐり、鎌」を意味する。サイの服は英国のエドワーディアン時代の裁断書をはじめとしたクラシカルなテーラーの技術を研究し尽くしたパターンとカッティングに定評があり、その服はファッションの目利きに愛され、名品と称される定番品も数多い。「線はすべて機能線であるべき」との信条から、単なる意匠のためのパターンは引かず、一つ一つの線に理由がある。
宮原さんに教わる、Scye(サイ)のジャケットとテーラードジャケットの基本
「サイのベースにあるのはイギリスのクラシカルな服。このジャケットもブリティッシュスーツをもとにしていて、前あきを大きくしたカッタウェイフロントに、その大きな特徴が出ています。
カッタウェイフロント
二つボタンではありますが、実際は一つボタン仕様で、下側は“捨てボタン”という、とめられないボタンです。シルエット自体はスタンダードなもので、ドロップ寸(胸囲から胴囲を引いて2で割った寸法のこと。胸囲と胴囲の差寸)は、6.5㎝ほど。このドロップ寸が全体のシルエットを決め、ドロップ寸が8や10と上がっていくほど砂時計形にシェイプされた、細いシルエットになります。今着るものなら、あまりウエストが絞られたものよりはストレートに見えるくらいのほうがいいと思ったので、このフィット感にしました。
芯地は毛芯で、表地と裏地の間に毛芯を入れた、昔ながらの『毛芯仕立て』のジャケットです。生地に直接芯を貼る接着芯仕立てに対し、毛芯仕立ては生地の風合いを損なわずに厚みを出すことができます。僕たちがブランドで目指しているのは伝統的なテーラーの服作りなのでそうしていますが、毛芯仕立ては縫製が難しいので、初めてジャケットを作るなら、胸増し芯だけを入れて、ほかは接着芯にしてもいいでしょう。
背抜き仕立て、観音仕様
裏は、背抜き仕立ての観音仕様。ここにも様々な仕様の選択肢があるのですが、観音仕様は可動域が広くなり、突っ張りを感じにくいものです。作る時は、より簡単な総裏仕立てにアレンジしてもいいと思います。このジャケットの内ポケットの周りは、『台場仕立て』にしています。これは内ポケットの周りを表地で囲む仕立て方のことで、傷んだ裏地を取り替える際に、台場をほどくだけで(ポケットをほどかなくても)裏地を変えられるという、服を大事にした昔の人々の知恵から生まれたディテールです。
台場仕立て
こんなふうに、ジャケットは知れば知るほど奥が深くて、終わりがない世界。パーツ数も多く、そのぶん、制作には何工程もかかります。30年以上この仕事をしていますが、いまだに毎シーズン、成長の楽しみがあるのがジャケット。
僕はコンピューターではパターンを引かず、手で引いたものをデジタイザーで読み取ってもらい、一つ一つ線を拾って形にしています。それは原寸大で引かないと正確な形を作れないから。そして、自分が作る服は自分の手の感覚をアウトプットしなければいけないと思っているからです。曲線定規も使いません。直接、手で引いていくことがいちばんなんですよね。
今日は、奥平くんと一緒にゼロからのものづくりを体験できたらいいなと思っています!」(宮原秀晃談)
NEXT ジャケットの基礎知識を学んだ奥平さん。次ページでいよいよ作図スタートです!