上白石萌歌さんがジャンルを問わず、今気になる人を訪ねてさまざまなテーマでお話を伺う連載。22回目は、上白石さんのクローゼットで、特別な日の出番を待っている勝負服をデザインした、「ポンティ」のデザイナー平田信絵さんです。神楽坂にある素敵なオフィスでのファッションシューティングと、クリエーションにまつわるさまざまなお話を。
「ポンティ」の黒い人魚ドレスが勝負服なんです
上白石萌歌(以下 上白石) 大好きなブランドなので、お会いするのが楽しみでした。今日はよろしくお願いします!対談とかあまりされていらっしゃらない印象があります。
平田信絵(以下 平田) そうなんです。表立って出ることはあまりしてこなかったですね。
上白石 是非この機会にお話をたくさん聞かせていただいて、微力ながらポンティの良さをさらに普及できたらと思っています。
平田 ありがとうございます。
右は、取材当日上白石さんが持ってきた「ポンティ」のトートバッグ
上白石 「ポンティ」は、衣装で着させていただいたのが最初でした。その時用意してくれたスタイリストさんに確認したら、6回以上は着用していたようです。「ポンティ」の服が大好きなので、用意されていたら絶対に選んじゃうんです。私物でも何点かもっていて、今日持ってきたトートバッグもそうで2年前のもの。そして、勝負服のひとつが「ポンティ」なんです。2年前に買った黒のウールのドレス。打ち上げに行く時や、楽しい予定があるときに着ています。魚のヒレのようなディテールがついていて、人魚ドレスと呼んでいる大事な一着。とても細部にこだわっているのが感じられるものです。
平田 どのデザイナーさんもこだわりはあるのだと思いますが、「ポンティ」もベースはベーシックにして、細部にこだわって服作りをしています。着た時のひそかな喜びみたいなものが、あると楽しいかなと。さっき言ってくださったみたいに、勝負服のようにこの1着を着たから今日はこれでいける!みたいなそういう服になってもらえると嬉しいです。
上白石 服を買う瞬間が気持ちの頂点だと思うんですが、その気持ちが「ポンティ」の服は持続する印象があるんです。勝負服なので毎日着るというより、特別なシーンで着たり、旅行にも持って行きます。私は旅行には大事な服しかもっていかないんです。旅先でも服を買った時の高揚を思い出したいから。
平田 短い期間しか着なくてもういらないという服は私自身も好きではないので、長く着ていたい服を自分でも着ています。そういう服作りを目指しています。
服にあしらわれる手法からデザインを広げて
上白石 シーズンごとにクローゼットから引っ張り出して、今日はこれを着る日だなというのが私には明確にあって、全部の自分のアイテムがそうなればいいなと思います。運命的に出会ってそのときめきがずっと続くのが理想。「ポンティ」の持っている遊び心や細部のこだわりは、私だけではなくていろんな人をときめかせていると思います。
平田 そうだととっても嬉しいですね。
上白石 「ポンティ」の服はショップで他のブランドと並んでいても目を引くし、秋冬のアイテムも挑戦を感じます。色使いもビビットなものがあったり、花柄もアクセントになっているように感じました。
平田 毎シーズン、テーマは特に設けていないのですが、私の場合は手法から決めていくことが多く、今回はプリントと刺繍から広げています。どちらも花柄なんですが、刺繍についてはその良さを表現できるのは花柄かなと思って。飽きがこないものを選んで柄で表現しました。あとはディテールでいうと長いフリンジ。合皮をボンディングしていて、レーザーカットで可能ないちばん長い長さと細さで加工を施しました。インパクトのあるパーツを揃えたらあとはシンプルに。
右はチェコのビーズを編んだベスト 左は繊細な花の刺繍
1点物のような特別感を日常着に
上白石 ファッションシューティングで着させていただいたベストはビーズを編んでいるんですね。
平田 脇は縫わずに肩から掛けるようなアクセサリーのような感覚のアイテムなんです。脇が繋がっていると下に着るものを邪魔しちゃうので。
上白石 着るアクセサリーですね。
平田 そうですね。ジャケットやコートの上に合わせたり、Tシャツの上からでもいいですね。イメージが対極なものと合わせるのもおもしろいと思います。ビーズもチェコのビーズを使っているのですが、初めて見た時はあの美しさに吸い込まれるように見入ってしまいました。キャンドルみたいに綺麗で。それを格子柄の編地になるように作ってもらって。工芸品のような作業をなんとか実現できてよかったです。
上白石 1点物のように人の温度、重みを感じる一着ですね。美術館とかで展示できるほどの高尚なものだけど、デイリーに着られる提案も嬉しいです。チェコのビーズは旅先で出会ったんですか?
平田 そうできれば素敵なのですが。今は子どももいるので、なかなか旅行も出来なくて。世界中のビーズを集めたお店に行って見つけました。今では作れないようなデッドストックを探したりすることも楽しいので、シーズンごとに見に行っています。インドのビーズも魅力的です。あとは鉱物なども好きで、あの力強さに惹かれるんですよね。
アトリエの一角に飾られた鉱物
上白石 自然の産物の力強さはすごいですよね。誰がデザインしたというわけではないのに、こういう形をして生まれてきて。そういうものから、服に落とし込むのは楽しいですよね。
平田 いかに服に落とし込むかですね。鉱物はまだ服には取り入れていないんですが、陶器はボタンに使っています。
1点物の陶器のボタン。アクセサリー感覚で服を飾る
ポンチ絵が由来になったブランド名
上白石 「ポンティ」のブランドの由来を知らなかったので調べたら、ポンチ絵から来ているんですね。
平田 最初は音の響きからだったんですが、落書きとかラフ画とか、日々スケッチしているものに通じるものがあるかなと思ってつけました。
上白石 おいしそうな感じもして、一回で覚えました。
平田 フルーツポンチですね。
ファッションと遠いところにある物からの発想
上白石 デザインするうえでのインスピレーションはどのようなものから得ていますか?
平田 日々の生活です。展覧会や古本屋、インテリアショップなど、そういうところからですね。最近では大分の籠の個展を見に行きました。服とは違うものを見ていることが多いです。何かを探して意識的に見ているわけではないのですが、手仕事や手作業など手のぬくもりを感じるものが気になっています。手仕事は微妙に一つ一つ違うのが魅力的。そういうものも少しずつ取り入れていきたいですね。
上白石 私も現場での日々が続いた時、よく展示を見たりします。この前、国立科学博物館にふらっと行ったんですが、ものすごい数の剥製が並んでいる空間があって。そういう所に行ったりすると、普段使わない感性を使うみたいで、すごくいい心の休め方だなと思いました。仕事と全然関係ないと思ったものが、自分に何かを与えてくれるんですね。
平田 期待していない時ほどいい発見があったりもします。
上白石 そうですね。仕事をしていないときの方が、仕事に繋がるような発想が生まれるような。逆に仕事として向き合うことの方が難しいというか、凝り固まってアイディアが出てこないということもありますよね。それこそ、ブランドというのは先のシーズンのことを考えなくてはならないお仕事だから、日々追われて本当に大変だと思います。
子供のいる生活が新しい風を吹き込んで
平田 「ポンティ」は少ない人数で年に2回展示会をやっているんですが、あっという間に次のシーズンがきますね。
上白石 どういう瞬間にこころが休まりますか?
平田 子供との時間でしょうか。例えば、仕事が終わらなくてもやもやした状態でお迎えに行っても、子供に会った瞬間に一旦全部忘れられる。ゼロベースになるんです。
上白石 強制的に普段の生活に戻してくれるんですね。
平田 生まれてくるまでは、夜遅くまでずっと「ポンティ」だったので。
上白石 それが服の表情にも表れるんでしょうか。子供って鉱物と同じように自然がつくりだした不思議な動きがあるように思います。予測のできない動きが。
平田 毎日予測が出来ないです。
上白石 そういう意味ではお子さんが一番のインスピレーション源かもしれないですね。
平田 一緒に働いているみんなも子供がいるので、テンションとかペースが同じで、とても心強いんです。仕事も私が思い描いているように絶対に完成させてくれるので、信頼しています。
上白石 今日このショールームに来て、すごくいい空気が流れているなって雰囲気でわかりました。お互いの信頼関係とかも瞬時に伝わってきました。そういうことがきっともの作りに反映しているんですね。
アトリエにある木のオブジェ
伝統工芸に魅せられて
平田 日々の仕事も、早く決めていかないと次に進まないというのがあって、子供が生まれる前はずっと悩んで決めかねていたことが、すぐに決断できるようになりました。子供にお尻をたたかれているような感じですかね。
上白石 お子さんもお母さんを近くに感じながらいい影響を与えられて、服やアートに興味を持つかもしれませんね。平田さんご自身は小さい頃からファッションに関心があったんですか?
平田 私は4人姉妹の末っ子で、服は全部姉たちのおさがり。なのでそれほど強くファッションに関心があったわけではないです。ただ姉が古着が好きで、これを着た方がいいとかいろいろと教えてもらいました。その影響はあると思います。その後、彼女は伝統工芸をやっていたりしたので、振り返れば私のルーツの一つだと思いますね。
上白石 伝統工芸はどのようなことを?
平田 私は沖縄出身なんですけど、ウージ染めというさとうきびを使った染物です。姉の影響でじわじわと感心を持つようになりました。草木染めってとても素敵なんです。
上白石 沖縄のご出身だったんですね。私も沖縄にはご縁があって、朝ドラの舞台が沖縄だったり、今年も3週間ぐらいロケで訪れました。沖縄のアートって独自性が強いですね。ガラス作家のおおやぶみよさんはご存知ですか?
平田 知ってます!大好きです。素敵ですよね。
上白石 沖縄ロケのお休みの日に、おおやぶさんのアトリエを訪れたんですが、目の前が海でおおやぶさんの作品のガラスの色と海の色が一緒だったんです。こういう環境の中でこの作品が生まれたんだと説得力がありました。ものを作る方の環境とか、どういうところで生まれて育ったかということは、ご本人が無自覚のうちに反映されるんだなって感じました。
人の手のぬくもりを服に
上白石 「ポンティ」の服はトラディショナルで、フォルムなどからは民族的な香りがします。
平田 意識はしていませんが、モンゴルの民族衣装やチャイナ服など細かく細工されたものが好きなのかもしれないです。
上白石 今日平田さんが着ていらっしゃる服も衿もとのステッチが民族衣装っぽいですね。
平田 そうですね。これは京都の金駒刺繍で、着物などに施される刺繍なんです。
上白石 箔っぽいなと思いました。
平田 金駒刺繍は、刺繍針に通せないような太い糸や金糸を木製の駒に巻いて綴じていくんですが、そういう手仕事が好きなんです。
平田 萌歌さんはメキシコに住んでいたことがあるんですよね?その時のことは覚えていますか?
上白石 はい、覚えています。メキシコの服も色鮮やかですごくかわいいんですよ。刺繍の文化もあって、市場に行くとおばあちゃんが刺繍をしていたり。メキシコこそ手仕事の国かもしれないです。
平田 行ってみたいですね。
上白石 ディズニーの映画で「リメンバー・ミー」って見たことありますか?あれこそメキシコを詰め込んだ作品です。木のカラフルな人形が出てくるのですが、あのようなものもおばあちゃんが一つずつ作っていたりするような国なんです。いいんですよね。平田さんは海外とか行かれますか?
平田 コロナ前にフィンランドに行ったのが最後ですが、その前に行ったインドは印象的です。
上白石 インドも刺繍とかかわいいボタンがあるイメージです。
クラフト感あるモダンな服作りを目指して
平田 インドは単純にあまり知らない国に行ってみようと夫と行ったんです。とてもカルチャーショックが大きく、楽しかったです!萌歌さん、行ったことありますか?
上白石 インド近くの南アジアの方に行ったことがあります。
平田 いいですね!あのあたりは不思議で魅力的な国がありますね。今まで生活してきたことが通用しない感じが。
上白石 特にインドはそういう感じがありますね。生と死がひしめいているというか。
平田 一度は行ってみたほうがいいよと友人にも勧めるんですけど。本当に元気がないといけない気がしますね。
上白石 強烈な印象ですよね。他にどこかに行きたい場所はありますか?
平田 もう少し近い場所ですけど台湾とか。
上白石 台湾、私も大好きです。
平田 意外とアジアはあまり行ったことがないので。
上白石 日本人にとても優しくて。旅先での出会いもダイレクトに服に繋がってきそうですね。
平田 そうかもしれないですね。
上白石 今後トライしてみたいこととかありますか?
平田 もっとクラフト感が出せるようなものを作りたいですね。それでモダンなもの。パワーアップ。ブラッシュアップです。
上白石 さまざまな経験が積み重なって作られた服が、いろんな人の手に届いてオンリーワンになっていると思うので、今後もとても楽しみです。
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