デザイナーが語る、
マルタンから受け継いだもの
マルタン・マルジェラの肉声ドキュメンタリーで初披露された数々のクリエイション秘話を、現役デザイナーたちはどのように受け取り、感じたのか。彼が残したファッションの形と、自分の中に受け継がれたものを語ってもらった。
ご紹介しているデザイナー
坂部三樹郎(MIKIOSAKABE)
小林裕翔(yushokobayashi)
工藤 司(kudos)
“アントワープ教育の根幹である「シュルレアリスム」の考え方が、マルタンの中にも僕の中にも色濃く存在している”――坂部三樹郎(MIKIOSAKABE)
マルタン・マルジェラも学んだアントワープ王立芸術アカデミーを、2006年に首席で卒業したMIKIOSAKABEの坂部三樹郎さん。マルタンの革命的なデザインについて、アーカイブを解説しながら自身の考えを話してくれた。
「映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』とても面白かったです。それまでは、彼のクリエイティビティやコンセプチュアルな面が取り上げられがちでしたが、映画の中の穏やかな雰囲気の声や会話から、思っていたよりも緩さとかノリのよさが感じられて。同級生でもあるウォルター・ヴァン・ベイレンドンクからも話を聞いたことがありますが、学生時代は結構サボるタイプでギリギリまで課題をやらなかったみたいで(笑)。そんなことも思い出しながら見ていました。
僕はマルタンは、ʼ90年代ファッションの面白さを作った中心人物だと考えていて、今だととてつもなく普通に聞こえてしまうかもしれませんが、早くから多様性を取り入れ、ファッションのあるべき姿が無意識のうちに決まっていたところを崩すのが、とてもうまかった人。初期から貧富の差を感じない感覚で服を混ぜていて、クオリティの高いものも、すごくチープなものもある。ブランドの価値がクオリティの高さだけで図れないことを提示していた。今とは情報の出方がまったく違うのに、あの時代に独自の方向性を持っていて、それでいて人の心に届くまでファッションをひっくり返してしまった。すごい人だなと思います」
お気に入りのマルジェラアイテム
アントワープで購入した、マルタン・マルジェラ時代のビッグシルエットのウィメンズのジャケット。アントワープでは街の人たち向けに、初期のコレクションなどのストックを販売する風習があり、そこで手に入れたそう。
映画では、マルタンの影響は50年くらいは続くだろうという見解もあった。そこまでの影響力を持つマルタンが、ファッションに残したものとは?
「一番大きな功績は、ファッショナブルなものと貴族を引き離せたことだと思うんです。ファッションの歴史をたどっても、階級が高い人、お金を持っている人、そういった人たちだけが楽しんでいたファッションを、僕たちのもとまで届くようにした。普通にそこらへんに売っているTシャツやスーパーの袋でさえ、かっこいいじゃんっていうのを最初に明確にした人だったんじゃないかな。ヴィヴィアン・ウエストウッドがまず権力と戦って、その後、コム デ ギャルソンがボロルックを出してそこを強めていって、マルタンがさらにもっと深く追求していった気がします」
では、坂部さん自身はどのように彼の哲学を受け継いでいるのだろう。
「考え方は完全に影響を受けていると思っています。でもそれってアントワープ教育の根幹にあることなので、マルタンの影響かといわれるとちょっと難しいけれど、要は“シュルレアリスム”なんです。1年生の時に『あなたにとってのスカートとは何か』というテーマで1着作る授業があったんですが、いきなりめちゃくちゃ難しいし、それが通らなければ退学という厳しい課題です。『自分にとって』というところが表現できるかどうかを試されていて、何かっぽくでもダメだし、よくあるスカートでもダメ。『スカートとは何か』って考えすぎておかしくなるくらい、自分らしいスカートを作ることができるかというのは、超現実主義なんですよ。彼の時代からその授業があったかはわからないけれど、それと似た話だと思います。僕だけじゃなく、数多くのデザイナーが影響を受けていますが、でも染まってはいない。自分の中でうまく混ざり合って彼が存在しているのかな」
マルジェライズムを感じる
マイクリエイション
(左)破けた箇所から普段見えない部分が見える2021年春夏のジャケット。壊れていくさまとそこから生まれるデザインに着目して作られている。(右)アントワープ1年次に制作したスカート。「散らかった部屋」を表現している。『装苑』2010年3月号掲載。
「僕自身は、これからのファッションはもっと純粋なファッション──着ることで人の鮮度を上げることができる究極体──に返っていくのかなと思っていて、身にまとうことでその人の生命エネルギー体になり得るものが、おしゃれの根本だと考えています。今は費用対効果とかマーケティングでコントロールされたもののバリエーションばかりが増えていますが、今後はファッションの本質が見えるようなものづくりをしていきたいです」
\坂部三樹郎さんの解説つき!/
マルタン・マルジェラが手がけたアーカイブ
稀代のデザイナーが手がけた貴重なクリエイションの宝庫、東京・渋谷の「Archive Store」に収蔵されたマルタン・マルジェラ時代の名作をご紹介。ぜひお店で彼のクリエイションに触れてみよう。
1998 SS “Flat Garments”
穴にフックをかけて縦にたたむんですけど、体の形に違和感を持たせるような平面的なシェイプが面白い。
1998 SS “Flat Garments”
ジャケットもミニマムで保守的なデザインをしつつ、デザインとしては実験性をすごく持っています。
2005 SS Artisanal “Trompe-l’œil”
転写シリーズはワンピースのものが有名ですが、細かいところまで見ると今にも剥がれてしまいそうな雑さもあって。そこにかっこよさを感じます。
2004-’05 AW Artisanal “Paint”
白いペンキで塗られたペイントのシリーズは、僕もデニムを持ってましたけど、驚くほど柔らかい仕上がりなんです。普通、ペンキを上から塗るとバリバリになってしまうのですが。
2006 Artisanal “Vintage Bottle Cap Vest”
「アーティザナル」は着るというよりもコレクションとしての魅力ですね。リメイクをここまでしっかりした一つのラインとして出せるところが、マルタンのすごいところだと思います。確か卒業コレクションも古着のリメイクだったと聞いたことがあります。だからかな?
2001-’02 AW “Tabi Long Boots”
日本の地下足袋から発想したTabiシリーズは、日常にあるものでもかっこいいという価値観をしっかりと浸透させようとしていたマルタンならではのアイテム。
1994-’95 AW “Doll’s Wardrobe”
人形の服をそのまま大きくしているから、ボタンが普通より大きかったり、袖の飾りボタンが省略されていたり。人間のフォルムじゃないから着た時にユニークな形になりそう。
1999 Artisanal “Duvet Coat”
布団シリーズも革命的ですよね。シーツには花柄とかもあって取り替え可能。真四角の布団に腕を生やしただけで、コートの形をしていないところもいいですね。当時、写真で見た時は大きいなと思ってたけど、オーバーサイズもみんながまねしちゃったから、実際に今見るとあまり大きくないなって感じてしまいますね。
ファッションの博物館ともいえる「Archive Store」の店長、鈴木達之さん(左)と坂部三樹郎さん(右)。二人でアーカイブを見ながら、ファッション談議に花を咲かせていました。
「Archive Store」
ファッションデザイナーが残した時代を感じるピースを、誰もが手に取りじっくりと見ることができるアーカイブストア。共に生きてきた世代には懐かしく、若い人たちには新鮮に映るマニア垂涎のお宝が集まっている。
場所:東京都渋谷区神南1-12-16 和光ビル地下1階
TEL:03-5428-3787
時間:12時〜20時
不定休
WEB:https://archivestore.jp
Instagram:@archivestore_official
Mikio Sakabe 1976年生まれ、東京都出身。2002年にエスモードパリを卒業後、アントワープ王立芸術アカデミーへ。’06年、同校ファッション科を首席で卒業。’07年、シュエ・ジェンファンとともにミキオサカベをスタート。’19年にファッションスクール「me」を設立。
photographs:Jun Tsuchiya(B.P.B)
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