「matohu」インタビュー
映画「うつろいの時をまとう」に込めた思い

2023.03.17

ふと気づけば近くにある美しいものたち。人それぞれ持ち合わせた美意識を「matohu」のデザイナー堀畑裕之と関口真希子は、それを服に表現する。2010年から2018年までに手がけた「日本の眼」と題する17章からなるコレクション。日本ならではの情緒のある心惹かれる言葉をキーワードにしたシリーズが、アートドキュメンタリー映画として完成した。

―このような映画を作られたきっかけを教えてください。

堀畑裕之(以下 堀畑) 「matohu」のお客様に能楽師のかたがいらして、今回の監督三宅流さんがその方のドキュメンタリー映画を撮っていたんです。そのつながりで僕たちのことを知り興味を持たれて、是非取らせてくださいと。ちょうど5年前のことです。

―今ドキュメンタリーの映画とても注目されていますね。

関口真希子(以下 関口) デザイナーのものが特に興味ありますね。マルタン・マルジェラやドリス・ヴァン・ノッテンが印象に残っています。

堀畑 日本のデザイナーものはあまりなくて、30年ほど前に山本耀司さんのものがありましたね。

―この映画を撮ることによって、「matohu」のクリエーションを残しておきたいと思われたのでしょうか?

堀畑 残しておきたいというよりも、このような機会をいただいたので、ふだん表に出さないようなことをあえて表現してみようかと思ったんです。

17章からなる「日本の眼」は、日常の中の美しさを服で表現

―「日本の眼」というタイトルのもと、全17章のコレクションを発表していますが、その集大成になるのですか?

関口 17章まとまったら最後に展覧会をやろうと企画していました。そこをゴールに目指して始まって、青山のスパイラルガーデンでの展覧会「matohu 日本の眼」展は2020年に開催しました。その後コロナ禍になり、映画の完成は少し遅れてしまいましたが。

堀畑 映画は5年間撮りためて、延べ190時間ほど。それを1時間半にまとめてあります。映画では逆にスパイラルガーデンの展覧会からスタートしているんです。

―今回ここでふしめとなって、これからの「matohu」がどう歩み始めるのかとても気になる始まり方でした。

堀畑 「日本の眼」というのは、僕たちの中では一つの学びのシリーズ。知らないことばかりで、いろんなことを学び、発見し、服で表現して楽しんできました。一つ前には「慶長の美」というシリーズをやっていて、これは5年間で10シーズン。日本の歴史からインスパイアされたコレクションでした。今は「手のひらの旅」というテーマで、日本の工芸に目を向けています。今まで学んできたことでベースが出来ているので応用という感覚です。

―「手のひらの旅」では、こぎん刺しだったら青森へというように、その土地に出向いているのですか?

堀畑 このような工芸を取り上げる場合、着物地でドレス作りましたっていうような表面的なクリエーションになりがちなのですが、もっと深みを出すために、長く助走期間をとって自分たちの美意識を確立してきました。次のシリーズに続けるための映画でもあったんです。

―190時間撮られた中で、いちばん大変だったことは何ですか?

関口 コレクション制作のいちばん忙しいタイミングで、“今何やっていらっしゃいますか?”って連絡をいただき、“とても忙しくて・・”と返事をすると、そこが撮りたいとおっしゃられて。最初の頃は何を撮りたいのかわからなくて。デザインを考えている時はアクションが起こらないから、“これでいいのかな”とか。逆に考えすぎちゃったりしていました。

―いつもお二人が手掛けているクリエーションを俯瞰で見ることになったと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか?

堀畑 俯瞰で自分たちの仕事を見ることは、いつもしていることだと思っています。ものを作っているときは、いつも客観的に見ているので、それによって発見があったということは特にないです。映画自体、ものづくりを追いかけるというよりも、ものの見方とか美意識、日本の美術、工芸などを掘り下げたものになっていて、単にデザイナーの服作りにはなっていない映画かなと思います。この映画のつくり方も、三宅監督が途中でインタビューしながら再構成をしたいとおっしゃって方向転換しました。純粋なドキュメンタリーというよりは、アートドキュメンタリーなんです。

美しいものは、意外と近くに存在している

―お二人が語っている言葉に引き込まれるような映画でした。映画の中で堀畑さんが、色のかさねのことを朝焼けの変わりゆく空で例えて仰っていましたが、それを服の上で表現するのはとても難しいことではないでしょうか?

堀畑 でもそれ楽しいですよ。ちょっと外を見ていても、普通に存在しているいろんな色の重なりがあって、落ち葉の吹き寄せの色もそうです。吹き寄せもその言葉の概念がなければ、ただの道ばたの落ち葉のくずですから。

―みんな手もとの携帯をちょっとしまって、外の風景を見てほしいですね。

堀畑 この映画で僕たちがいちばん言いたかったことは、美しいものは、身近にたくさんあって、そういうのを見つける目を持つことが、日々の生活を豊かにすることだということ。ものを作る人もそうでない人も、いろんな人にとって豊かな時間になると思います。

関口 忙しい時には目に入らなかったことでも、少しゆっくり歩いたときに目に入る季節ごとの花や、空の美しさ。心の栄養になると思います。

堀畑 日本の美意識をテーマにしていて、そんなに日本が好きなんですかって、よく誤解されることがあるんです。それは少し違って、日本人は例えば落ち葉が自然に寄せ集まるところを“吹き寄せ”という言葉をつけて楽しんできたけど、それはとても普遍的で世界のどこにでもあてはまること。どちらかというと日本を完全なものとか絶対的とは思っていなくて、日本人ならこう楽しんでいるというのを掘り下げているんです。

関口 ローカルなものであるからこそ、多様性も深さもあります。たとえば外国の方だって、うちはとても落ち葉がきれいなんですよって、それぞれの季節の話をすると思うんです。日本の四季の中で見えてくるものは豊かだと思います。それを掘り下げていくといろんな国の人との交流も楽しくなります。

堀畑 世界中が自国優先主義みたいなところがあるけど、そういうのは変えていかないといけないですね。ものの見方とか楽しみ方、自分の国も大事だけど、垣根はないんだよと言いたいです。

日本のしなやかな言葉で綴る17章

―この「日本の眼」の17章の言葉がきれいですね。“かさね”“あわい”“ふきよせ”“ほのか”・・・。
使うようであまり使わない単語に美しさを感じます。

堀畑 このシリーズを始めた時に気をつけたことば選びは、典型的なわび、さびを感じるものではなくて、違う日本語を探そうと。服を作る前に言葉を探すのが大変でした。

関口 みんな聞いた事があるけど、どういう意味だっけ?というような美しい言葉を。

―“かざり”も印象に残った美しい言葉でした。

堀畑 髪に一輪の花を挿すということからきたんですよね。とても詩的ですよね。
言葉からイマジネーションが広がって服をデザインするのは「matohu」の通ってきた道。今回の映画の全体的なテーマもそうやって生まれてきています。

―ひらがなの文字のしなやかさが、作り出された服のイメージとリンクしていますね

堀畑 この映画のタイトル文字もすてきです。

長着というアイコンのアイテム

―ブランドのアイコン的なアイテムに長着がありますが、ずっとデザインを変えずに素材で変化を表現したアイテムだったんですね。

堀畑 長着だけでも500以上はありますね。ならべたら1キロ。前からみたら1枚。これだけでも展覧会ができますね。今日着ている長着は“無地の美”というシリーズで、裏が黒のウールで表の布地にタンブラーをかけることで裏の繊維が出てきたもの。表の布に熱をかけすぎてしまって、失敗から偶然できたものなんです。

関口 失敗からできたものを安定させて次のコレクションから使うものもあります。

二人でクリエーションをするということ

―映画の中で、お二人はそれぞれ“最強の協力者であり批判者”と仰っていますが、服を作り上げるうえで、お互いの意見が食い違った場合、どのように着地するのでしょうか?

関口 自分が納得できるまで仕上げるのにも試行錯誤しているので、ダメ出しされると・・・。でも批判されてひっくり返されると、そこからまた始めなければいけないから、出し切れていなかったパワーをさらに引き出すことになりますね。

―それは時間もかかるしとても大変な作業ですね。

関口 一人でやっていると直面しないことですね。

堀畑 1+1が2ではなくで3とか4になっていくんです。いいもの作ろうと思ったら戦わないと駄目ですね。例えばグラフィック一つにしても議論はしますし、ファションショーもそうです。とことん話し合うので最終的にはいいものになります。映画のタイトルも三宅監督と議論してできたタイトルです。

―お二人は全然違う分野からデザイナーになられていますが、はじめからファッションを勉強してきたデザイナーとどう違うと感じますか?

関口 文化服装学院の学生の時は、みんな服が好きで特に感じませんでしたが、今考えるとものを作る姿勢が違うかもしれません。クリエーションをする上で、服以外の歴史、文化、言葉・・・など、そういうことにもともと関心があって服に落とし込んでいるのだと思います。視点が少し違うのでしょうか。

堀畑 僕の場合は哲学を勉強していたので、物事を掘り下げて考えるというのが身についていています。例えば十二単を見た時に、重ね色で終わるところを、色と言葉と風景の重なりで生まれているのでは?と考える。そしてこれは現代でも生かせること。日本人は1000年も前に重ね色目というのをやっていました。それは歴史を知っているからできること。歴史を知る、掘り下げる。いろんなことを織り交ぜてデザインすることがほかのデザイナーの方たちとは違うアプローチなのかもしれないですね。
ただし、それはものづくりにとっての方法論で、お客様にとって服を着たときの感動や嬉しさは、どんなデザイナーがどんな服を作っていたとしてもそれは等しく素晴らしいと思っています。ものづくりの前半の部分のアプローチが違っているんですね。

―「matohu」の服のファンの方にとっても素敵なメッセージになりましたね。

堀畑 多分うちの服を好きでいてくれる人は、もう知っていると思います。いつも詳しいメッセージとともに商品をお渡ししているので。もちろん映画で初めて見る部分もあると思いますが。むしろこの映画を見ていただきたいのは、「matohu」を全然知らなかったり、ファッションに興味が無かったり、そして日本の美意識にそれほど興味がない人。多分映画を見て響くところがあるんじゃないかな。映画をみた後、外に出たら世の中が新鮮に見えると思いますよ。

関口 私たちはその美意識を服で表現しているけれど、その感じ方や表現方法は人それぞれですから。

学生時代の恩師の言葉が今でも

堀畑 文化服装学院の学生の頃、小池千絵先生の特別講義で「あなたたちファッション雑誌を見たらおしゃれなものができると思っているでしょ。自分が好きで美しいと思うものがあったら、そこから服は作れるのよ」とおっしゃたんです。それが忘れられなくて。絵、彫刻、文学でもいい。そういうものからヒントをもらって作りなさいと。

関口 その日、小池先生はマチスの画集を持ってきて、「この絵からトワルを作るわよ」とおっしゃって。マチスの絵の中のデフォルメされた女性の体からヒントを得て、立体裁断でワンピースを作られたんです。5分ぐらいで。

―そういうことを教わったから、次の世代へのメッセージがきちんと伝えられるんですね。

堀畑 若い人には是非見てほしいです。特にものを作っている人は刺激を受けるんじゃないでしょうか。この映画から何かしら拾い上げることのできる未来のデザイナーがいると信じています。

photographs: Norifumi Fukuda(B.P.B.)

matohu まとふ
堀畑裕之 Hiroyuki Horihata / 関口真希子 Makiko Sekiguchi
堀畑は大阪出身。同志社大学で哲学を学ぶ。関口は東京出身。杏林大学で法律を学ぶ。その後、共に文化服装学院へ進学。アパレルデザイン科メンズコースで出会う。1998年卒業後、それぞれ別のデザイナーズブランドで5年間、パターンナーとして活動。2003年渡英。ロンドンコレクションに携わる。帰国後‘05年、「matohu」を設立。’09年、毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞を受賞。‘11年、「matohu 慶長の美」展 スパイラルガーデン。’12年、「matohu 日本の眼-日常にひそむ美を見つける」展 金沢21世紀美術館ギャラリー。‘20年、「matohu 日本の眼」展 スパイラルガーデン。


『うつろいの時をまとう』
2023年3月25日(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

監督:三宅流
撮影:加藤孝信
整音・音響効果:高木創
音楽:渋谷牧人
プロデューサー:藤田功一
出演:堀畑裕之(matohu)、関口真希子(matohu)、赤木明登、津村禮次郎、大高翔ほか
【2022年/日本/ 96分/ カラー/DCP/5.1ch/バリアフリー上映対応】
協力:一般社団法人日本ファッション・ウィーク推進機構、PEACH
助成:日本芸術文化振興会 
製作・配給:グループ現代
©GROUP GENDAI FILMS CO., LTD.
公式HP:http://tokiwomatohu.com