pillings(ピリングス)の一見わかりやすい服の背景にある物語と、日常にかける魔法。
Rakuten Fashion Week TOKYO 2024A/W レポート

2024.03.22

前身の「RYOTAMURAKAMI (リョウタムラカミ)」の頃からこのブランドを見続けてきた者にとって、デザイナーの村上亮太さんの服でまず思い浮かべるのは、可愛らしさと毒が入り混じる、デザイン性の高いモチーフニットだ。2014年のブランド設立から2017年秋冬までは、実の母親とともにデザインを行い、独自のファンタジー世界をニットで作り上げていた。’20年にブランド名を現在の「pillings(ピリングス)」に変更すると、ユニークな発想から生まれるデザイン性はそのままに、テイストは、より大人っぽくモードにシフトする。

2023-’24年秋冬には、フロントにたくさんのポケットがついた歪(いびつ)な形のセーターや、立体的な蛾のモチーフつきニットなど、ダークさを内包したウェアラブルなコレクションを発表。「ちょっと不思議で可愛らしい」アートピースのようなニットを作るブランドという旧来のイメージをここで打破し、続く2024年春夏では、ほつれかけてほとんど糸の状態になったハンドニットトップや布帛のアイテムを多く制作した。今回の2024-’25年秋冬コレクションは、そうした2023-’24年秋冬からの変化が、さらに洗練されたものだ。

ショー会場は、フランク・ロイド・ライトの設計による「自由学園明日館」。アール・デコの意匠を随所に取り入れたこの講堂を会場として切望したことから、東京のファッションウィーク開催期間とは2日ずれた日程でのショー開催になったという。コレクションの起点となったのは「創造性」。いま、現実の生活の中に創造性を持つことが大切だと感じたデザイナーの村上さんは、かつて読んでいた(そして最近は記憶からこぼれ落ちていた)宮沢賢治のことを思い出したそう。自由学園明日館を会場に選んだのは、岩手県花巻市にある宮沢賢治の住宅兼私塾「羅須地人協会」と近い雰囲気を感じ取ったから。

大人になるにつれて失くしてしまったものや忘れてしまったことに、一つひとつ光を灯していくような本コレクションで、1stから3rdルックに登場したのは、写真上の青色のニット。聞けば、この編み柄は、久しぶりに乗った夜行バスの車内で創造について思い巡らせた時間に、シートが流星のように見えたことから生まれたという。

ブランドが得意とする懐かしく温かなケーブル編みの白ニットのルックに続いて、タキシードシャツにブラックのウールパンツを合わせたルックと、レザーコートのルックが登場。その後も象徴的にスタイリングされるこの白のタキシードシャツは、襟元に同色の風車のモチーフがつき、かたいイメージのシャツに柔らかな雰囲気を与えていた。また、パンツのフロントは、前回・前々回コレクションの流れを汲むような歪(いびつ)な形で、モデルはパンツのポケットに手を入れたままウォーキングする。この絶妙なドレープは、あえて「おさまりの悪さを意識した」と村上さん。

レザーコートは、2023年12月にサザビーリーグと契約したことで素材の制限から解き放たれ、作ることが叶ったもの。全面に宮沢賢治の『よだかの星』に着想を得た絵を描き、クラフト的な魅力にあふれた仕上がりに。

ブランドのアイデンティティであるニットの中では、今季、天使たちがほほ笑む。宮沢賢治が愛した鉱石のようなシルバーにアレンジされたり、そのまま人形型であったりする小さな天使たちのモチーフ。「この天使たちは、(お世話になっている)ニッターさんにも見えて」と、村上さんは囲み取材の場で照れくさそうに語っていた。

一緒に時を過ごしてみたいと思わせる服の背景にあったのは、創造行為に対する考察と、リリカルなデザイナーの感性。一見わかりやすいアイテムの裏には、ストーリーも思いも込められている。ピリングスは、単に魅力的なリアルクローズを作ったわけではなく、着る人が日常の中で羽ばたくための小さな魔法を、服に宿すことにも成功したのだ。

pillings
Instagram:@pillings_