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映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
金子由里奈×細田佳央太対談。
あなたの「大丈夫じゃない」にうなずく映画を作ること。

2023.04.21

映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』より

「大丈夫」という言葉はあまり良くないのではないか?――細田佳央太

――ここまでお話しいただいた部分もそうですが、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は居場所を与えてくれる作品だと感じます。解像度が高いというか、SNSを見て「みんな怒りすぎだよね」とつぶやくシーンなど当事者性のある言葉が多く並んでいました。

金子:麦戸ちゃんと七森が終盤に対話するシーンは、テスト中に涙が止まらなくて大変でした。他のスタッフも泣いていました。

細田:僕もそれを見てもらい泣きしそうになっちゃって……。

金子:麦戸ちゃんだったら、女性ジェンダーとして生きることで傷ついてきたことをそのままの文脈でしゃべること自体、映画ではあまり見ないものだと思います。だからこそしんどくなってしまう人も多いシーンかとは思うのですが、一緒に省みる時間であったり、そうした感覚がない人がその言葉と出合える時間でもあると思います。あの時間・あの長さを使った徹底した対話があって良かったなと感じました。

――男性ジェンダーとして生きることで背負わされてしまう加害性に対する恐怖を七森が告白する部分も、刺さりました。

金子:これは原作にない場面ですが、夜道を七森が歩いているときに目の前に女性がいて、「怖がらせてしまうんじゃないか」と歩みを止めてしまうシーンを入れ込んでいます。この感覚は、男性スタッフに話を聞いたらすごくよくあることみたいで。

――日常的にありますね……。

金子:やっぱりそうなんですね。私は「夜道を歩くのが怖い」という感覚だけを持っていたのですが、その話を聞いて男性側も怯えているんだ、こんな残酷なことってあるのか……という気分になりました。社会の在り方や構造がそうさせているかと思いますが、やりきれないですよね。

細田:紡ぎ出されたセリフはシーンごとに印象に残っていますが、今回の作品を通して特に思ったのは「大丈夫」という言葉はあまり良くないのではないか?ということです。本作のキャッチコピーは「わたしたちは全然大丈夫じゃない。」ですが、日本人は大丈夫じゃない時に根性を見せて頑張ってしまったり、我慢したり、あるいは強い言葉を言ったりと、どこか独りで解決することこそ正義だという風潮に縛られているところがまだある気がして。

 もちろん「他人に甘えるな」が当たり前だった時代もあったと思います。時代が変われば人も考え方も常識も変わっていくもの。これからは「大丈夫じゃない」とちゃんと言える場がどんどん必要になっていくように感じています。「大丈夫じゃない」を許してあげられるくらい、人の心に余裕があればいいですよね。自分が「大丈夫じゃない」と言うと他の人を不安がらせてしまうから「大丈夫です」と言ってしまう場合もありますが、それはやっぱり生きづらさを加速させてしまうとも思います。今回の映画を通して、「大丈夫」という言葉について考えるきっかけになりました。

金子:本当にそう思います。「大丈夫だよ」というメッセージがあるコンテンツはあふれていますが、それはある種の祈りなんですよね。でも、その腕力の強さにこぼれ落ちてしまう人や、「大丈夫じゃないよ。この『大丈夫じゃなさ』にひとまずうなずいてよ」と思う人も少なからずいるはずです。現に私自身もそうなのですが、まず「大丈夫じゃない」とうなずきあおうという映画だなと思います。

映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』より

――その部分も含めて、自分も抱えている傷が映画の中にあることでどこか救われる方も多いのではないのでしょうか。おふたりは、映画の存在がどういうものだったら理想だと思われますか?

細田:映画を含めた芸術は、人間の衣食住に関わることではないので、極論、なくても生きていけると思うんです。ではなぜ、人間が文化・芸術を意図的に作り上げたのか?――これは僕の意見ですが、芸術は言葉にしきれないパワーを持っているし、この場所を借りるからこそ言えることも多い。伝えたいメッセージを直に言葉にするよりも、作品にしたときのほうが伝わる場合も多いですから。そのひとつに、映画の役割があると思っています。

金子:映像と映画の何が違うのか?と考えたときに、時間の生成があるかないかだと思います。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』だったら、ラストのセリフがあって時間が広がっていく。観客の過去と響き合うこともできます。重層的な膨らみ方をするのが映画の魅力だと思っているので、誰も排除せずに全員が楽しめるものになってほしい気持ちはあります。

Yurina Kaneko 
1995年生まれ、東京都出身。立命館大学映像学部卒。在学中に映画制作を開始。山戸結希 企画・プロデュース『21世紀の女の子』(2018年)公募枠に約200名の中から選出され、伊藤沙莉を主演に迎えて『projection』を監督。また、自主映画『散歩する植物』がPFFアワード2019に入選し、香港フレッシュ・ウェーブ短編映画祭でも上映される。初長編作品『眠る虫』は、MOOSIC LAB2019において見事グランプリに輝き、自主配給ながら各地での劇場公開を果たした。「チェンマイのヤンキー」というユニットで音楽活動も行っている。

Kanata Hosoda
2001年生まれ、東京都出身。1000人超の応募者の中から抜擢され『町田くんの世界』(’19年、石井裕也監督)で映画初主演。以降、『花束みたいな恋をした』(’21年、土井裕泰監督)、『子供はわかってあげない』(’21年、沖田修一監督)、『女子高生に殺されたい』(’22年、城定秀夫監督)、『劇場版 ねこ物件』(’22年、綾部真弥監督)、『線は、僕を描く』(’22年、小泉徳宏監督)、TBS「ドラゴン桜」、日本テレビ「恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~」、テレビ朝日「もしも、イケメンだけの高校があったら」、日本テレビ ZIP!朝ドラマ「クレッシェンドで進め」など、映画・ドラマを中心に幅広く活躍。2023年はNHK「どうする家康」で大河ドラマ初出演が決まっているほか、連続ドラマW-30「ドロップ」で主演、夏には舞台『メルセデス・アイス』にて初主演を務める。

細田さん着用:ブルゾン ¥324,500、ニットベスト ¥159,500、シャツ ¥125,400、パンツ ¥97,900、靴 ¥107,800 すべてマルニ(マルニ ジャパン クライアントサービス tel:0800-080-4502)

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