青木 柚 × 甫木元 空インタビュー。
映画『はだかのゆめ』をめぐる、
高知の土地と死生観、わからなさへの視点

 映画監督2作目『はだかのゆめ』の公開と同時期に、ボーカル・ギターとして活躍するバンド「Bialystocks」が、「Official髭男dism」も所属するレーベル、IRORI Recordsからメジャーデビューを果たす甫木元 空。自身の体験をもとに、高知の緑深い四万十の地で母と過ごした日常をつづる『はだかのゆめ』は、近づく死を意識しながら、普段通りに暮らす母親を見つめる息子の物語である。その眼差しが作品の骨格となる、余白の多い物語の主人公、ノロをゆだねられたのは青木 柚。映画音楽はキーボードの菊地 剛と甫木元によるBialystocksが手掛けている。
 映像音楽詩ともいえる今作で、甫木元監督と青木 柚が高知の地で手繰り寄せたものとは? 生と死の景色が融合する、たゆたう世界観が形作られるまでを聞いた。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / hair & make up : Chiaki Saga / styling : Yoshie Ogasawara (CEKAI,Yuzu Aoki) /   interview & text : Yuka Kimbara

映画『はだかのゆめ』
四国山脈に囲まれた高知県、四万十川のほとりに暮らす一家。祖父の住む家で余命を送る決意をした母と、母に寄り添う息子のノロ。ノロは、母の死を受け入れることができず、近所を徘徊し続ける。青山真治監督に見い出され2016年に長編映画デビューし、Bialystocksとしての音楽活動でも頭角を現す監督、甫木元 空による2作目。
甫木元 空 監督・脚本・編集、青木柚、唯野未歩子、前野健太、甫木元尊英出演。11月25日(金)より東京・渋谷の「シネクイント」ほかにて全国順次公開。(c)PONY CANYON

そもそも、映画というものが「遅れてくるもの」。遅れて現れ出てくる中で何ができるのか。 ――甫木元 空

――甫木元 空監督が今回、主人公のノロ役に青木 柚さんを選んだ理由は?

甫木元 空(以下、甫木元) これまで個性的な役を演じていることと、チープな言葉になっちゃいますけど、青木君は、感性を持ちながら、受けの芝居もでき、物語をかき乱す役をできるなという印象がありました。『はだかのゆめ』は正直に言うと、僕にも正解が分かっていない部分が多かったので、青木君をはじめ、役者にすごく負担をかけちゃったんですが、その分、一緒に考えてもらえる現場でもあったと思います。自分の祖父が、そのままノロの祖父役として出ていることなど不確定要素が多かったので、ただ感性があり、スクリーンの中で自然とその動きに目がいっちゃう役者というだけでは演じるのが難しいだろうと思っていて。青木君はそれ以上にいろいろと立ち回れる人だと思ったので声をかけました。

映画『はだかのゆめ』より

青木 柚(以下、青木) 僕が甫木元監督からいただいた脚本を読んだときに感じたのは、音や水べりの情景について書かれていて、普段、読んでいるものとはまったく違う思考回路を使う脚本だなということでした。つかめないけどそこが魅力的で、だからこそ演じるにあたって不安もすごくあって。今、甫木元監督から感性という言葉を言っていただいたんですけど、作品に自我を出すことが悪影響になってしまうんだろうなと思いました。

甫木元 空さん

青木 柚さん

――不安は撮影に入る前日まで続いていたと聞きましたが。

青木 はい。けれど、撮影場所の高知に行ってみたら、その場にいるだけで伝わってくるものがあって、不安も解消された気がします。それでも困ったときは、周囲の音をよく聞いていました。今、風が吹いているなとか、そういうことを存分に感じながらできたので、事前に監督に聞きすぎちゃったかなと思ったり。これは語弊のある言い方かもしれないのですが、甫木元監督もまだ「何か」の中にいる雰囲気があって、そういったわからなさの渦中にあるという魅力も、無意識のうちにノロに影響を与えていたんじゃないかなと思います。

――『はだかのゆめ』は甫木元監督ご自身が体験された、余命宣告を受けたお母さまとの日々を題材にされていますが、「鈍間」(のろま)を想起させるノロという主人公の命名も含め、「大切なことに間に合わない」という、伝えきれなかった想いやもどかしさが今作には込められていますか?

甫木元 誰でもそうだと思うんですけど、後悔というものは、喪失とともにやってきますよね。後悔をどうにかするために何か行動してみるんだけど、やっぱり間に合わないんだよなという思いをいつも抱えています。同時に、後悔をずっと抱えて生きていることはできないなという思いもある。無駄かもしれないけれど、ただ歩いているだけの風景の中に、映画でしか表現できないことがあるんじゃないかと思って、『はだかのゆめ』でノロは同じ地点を行ったり来たりしているんです。そもそも、映画というものが「遅れてくるもの」。遅れて現れ出てくる中で何ができるのか。何も先に進んでいないように見える人にも、本当はちょっとした変化がある。やる前とやった後では何かが少し変われたらなという願いも込めて、映画を作っているところがあります。

とても個人的な話から作られているのに、いろんな経験や土地に思いをはせる人がいるだろうなと  ――青木柚

――ノロが周回している風景の中には、四万十川の火振り漁や、ススキの群生する高原など素晴らしい風景が出てきますが、火振り漁は月の出ていない漆黒の闇でするそうですね。

甫木元 松明の火で鮎を集めて漁をするのが火振り漁なんですけど、灯篭流しの意味合いも感じ、火と死は密接な関係にあるなと、あの風景を写しました。ただ、最近の漁はLEDの人工的な光源で、月明かりに関係なく行われるようになっている。映画の中で写したあの一画だけが、昔ながらの火振り漁が残っている場所なんです。それを写したのは貴重な風景を残すという単純な意味もありますが、加えて、自分が母親と暮らしていた時の日常の風景を残すという意味もありました。ススキの原生地は天狗高原といい、高知県と、四国の香川、徳島、愛媛の他の三県との県境として連なるような場所で、あそこを越えないと昔は高知の中に入れなかった。ある種の堤防の役割となっていて、高知の独自性を形成する一因にもなっているところです。カルスト地形(※)なので元々は海底にあった岩がドンと表出して、岩のひとつひとつに貝が張り付いているんです。
※石灰岩などの水に溶解しやすい岩石で構成された大地が雨水、地表水、土壌水、地下水などによって侵食されてできた地形

映画『はだかのゆめ』より

青木 今、思い出すと真っ暗闇の中を全力疾走するとか、船を漕いでグルグル回るとか、アクティブな場面が多かったなと思いますけど、撮影の時は、それが自然なことだと思って演じていました。

――青木さん演じるノロの、唯野未歩子さん演じる母親を見つめる眼差しがこの作品の骨格となっていますが、そこで気を付けられたことは?

青木 唯野さんの説得力に甘えていたところはあるかなと思います。家の近所を散歩する母さんを映している場面で、手を伸ばしても触れられないみたいな。ノロとしては背中しか見ていないし、会話をしているわけでもないし、この作品は回想シーンがあるわけでもないのですが、一緒に過ごしていたころの母と息子の時間があるんだなということを感じられて、不思議と感情があふれるシーンでした。唯野さんとはそこまでたくさんコミュニケーションをとったわけではないのですが、ちょっとした瞬間にアイコンタクトをくださったり、気にかけてくださっていることを感じていました。撮影に入る前、唯野さんと一緒に、甫木元さんのおじいちゃんのお宅で、甫木元さんのお母さんの仏壇に手を合わせたことがあって、そこで一緒に過ごした時間があるから、撮影中にも思いがあふれちゃうところはあったと思います。そういう時間の積み重ねで、唯野さんとの場面は見えない関係性にゆだねる意識でいました。

甫木元 黒沢清監督の『大いなる幻影』(1999年)に出ているときの唯野さんの声と、生きているのか死んでいるのかわからない立ち方に、どっちに転ぶかわからないただならぬ危うさを見て、青木君との二人の組み合わせはいいんじゃないかと思ったんです。

映画『はだかのゆめ』より

――おんちゃん役の前野健太さんとの共演はいかがでしたか?

青木 川に落ちるシーンがあって、そのあと、一緒に前野さんと温泉に入ったんですけど、前野さん、歌っていました。それが楽しくて。

甫木元 よくギターも弾いていましたね、現場で。

――甫木元監督の多摩美術大学の卒業制作『終わりのない歌』は、亡きお父様が遺したホームビデオに題材を得た作品で、長編デビュー作の『はるねこ』は自死を望む者たちを山へと導く若い男の物語、そして今回の『はだかのゆめ』で生者と死者が互いの存在を感じあっている世界を描きます。どの作品も海外の映画祭に出品されていますが、面白い反応はありましたか?

甫木元 『はだかのゆめ』は今日、このインタビューの後に東京国際映画祭のNIPPON CINEMA NOW部門で上映されるので(※10月30日)、まだどういう受け止められ方をするのかはわからないですけど、前2作に関しては、死生観のとらえ方が国によって違うことを感じましたね。自分の抱える喪失との向き合い方には宗教も絡むものですし、自分の国ではこう思うという意見とともに文化の違いに触れることは、国際映画祭ならではというか。
 そもそも、生きている者と死んでいる者が共生しているという感覚は日本的な考え方で、海外では死んだ者をゾンビにするとかである種の記号化をするか、生きている人と異化して区別します。だから『はるねこ』のときは、海外で「全くわからない」と言われることが多くて。それを踏まえて、前回とは違う、生と死の合間にいる人たちの話にしようと決めていました。登場人物全員が死者に見えるかもしれないし、逆に生きている者に見えるかもしれない。今回、そこには、大学時代に師事した青山真治監督のアドバイスで、宮本常一の『忘れられた日本人』に収められている「土佐源氏」にならい、人の話に耳を傾ける民俗学の距離感を取り入れています。設定は変えていますが、映画にも出てくる僕の祖父や、母親から聞いた言葉がセリフになっていて、映画の始まりで前野さん演じるおんちゃんが言っていることや、前野さんの酒の酔い方に(笑)、様々な体験の影響が出ていると思います。

青木 僕は完成した作品を観た時、登場人物としての思いだけでなく、甫木元監督をはじめとするこの映画を作っている人たちの想いが純度を保ったまま見えたんです。ダイレクトな表現じゃないのに、ダイレクトに届く、それがすごく好きでした。自分が出ている作品を初めて観るときは、自分の粗が気になってしまい、メッセージ性にまで目がいかないことが多いのですが、『はだかのゆめ』は甫木元監督の切り取り方で自分の顔はそこまでたくさん写っていなかったからかもしれない。その分、自然の画が挿みこまれていたりするので、自分ではないものを見ているような気がして、フラットに没入できました。多分、どんな人にもノロのような喪失の体験があるかと思います。とても個人的な話から作られているのに、いろんな経験や土地に思いをはせる人がいるだろうなと、開けた視線を得られた気がします。

Yuzu Aoki ● 2001年生まれ、神奈川県出身。2016年、『14の夜』(監督:足立紳) で映画デビュー。『アイスと雨音』(‘18年、監督:松居大悟)、『暁闇』(‘19年、監督:阿部はりか)、『サクリファイス』(‘20年、監督:壷井 濯)、『MINAMATA- ミナマタ -』(‘21年、監督:アンドリュー・レヴィタス)、『うみべの女の子』(‘21年、監督:ウエダアツシ) 、『よだかの片想い』(‘22年、安川有果)などに出演。TVドラマ「きれいのくに」(‘21年 NHK)、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(‘21年)、Amazon Original「モアザンワーズ/More Than Words」、Disney+「すべて忘れてしまうから」ほか話題作への出演が続いている。公開待機作に、映画『まなみ 100%』(2023年春公開予定、監督:川北ゆめき)など。

Sora Hokimoto ● 1992年生まれ、埼玉県出身。映画による表現をベースに、音楽制作などジャンルにとらわれない横断的な活動を続ける。現在、高知県四万十町在住。多摩美術大学映像演劇学科を卒業し、2016年、青山真治・仙頭武則共同プロデュース、監督・脚本・音楽を務めた『はるねこ』で長編映画デビュー。第46回ロッテルダム国際映画祭コンペティション部門出品、ほかイタリア、ニューヨークなどの複数の映画祭に招待された。2019年にはバンド「Bialystocks」を結成し、注目を浴びている。Bialystocksとしては、11月30日(水)にメジャー1stアルバム『Quicksand』を発表。このアルバムには、映画『はだかのゆめ』の主題歌を含む全10曲が収録されている。

青木さん着用:ニット¥33,000 DISCOVERD(03-3463-3082) / シャツ ¥30,800 FUJI(03-5774-1408)  / スニーカー ¥23,100 SPRING COURT(03-6868-5224) / パンツ スタイリスト私物

はだかのゆめ
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