とびきりかわいくて少し怖い、映画『クラブゼロ』。監督と衣装デザイナー姉妹に尋ねた「映画のビジュアル表現にこだわる理由」。

2024.12.05

姉妹にして、映画監督と衣装デザイナー。そして長年にわたるコラボレーター。『ルルドの泉で』や第72回カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞した『リトル・ジョー』で組んできたジェシカ・ハウスナー監督とターニャ・ハウスナーさんの最新作『クラブゼロ』が、12月6日から劇場公開。

名門校に赴任してきた栄養学の教師ノヴァク(ミア・ワシコウスカ)。彼女は「意識的な食事」を提唱。「小食は健康的なものであり、社会的な束縛から己を解放できる」という教えに感化され、生徒たちは異常な小食にのめり込んでいく——。ハウスナー監督の学生時代の体験や摂食障害の危険性を加味しつつ、不条理で美しいおとぎ話に仕立てている。

装苑オンラインでは、来日したジェシカさん・ターニャさんにインタビュー。両者の代名詞であるビビッドな色彩による視覚表現はどのようにして生まれたのか、舞台裏とクリエイションの源泉を語っていただいた。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B. ) / interview & text : SYO

強さや明るさだけでなく、ほのかな「病み」要素を感じさせるライトイエローをキーに。

ジェシカ・ハウスナー(以下、ジェシカ):私が脚本を書き上げた後、最初に読むひとりがターニャであり、映画化に際して「こんな色彩はどう?」と衣装に限らずビジュアル全体の色の方向性を提案してくれます。例えばインテリア雑誌や写真集、画集などターニャのイメージに近いものをコピーして机に並べ、2人でそれを参照しながら詰めていきます。

ターニャ・ハウスナー(以下、ターニャ):とっかかりになるのは、脚本を読んだ際に浮かんだフィーリングです。今回は「近未来的なスタイル」を意識していました。その時点でオックスフォード大学で撮影することはほぼ決まっていたので、モダンでありながら古風さもあり、コンクリートの打ちっぱなし的な未来っぽさもある空間に、あえて’50年代のミッドセンチュリーモダン風のインテリアをぶつけたら異様な面白さが生まれるのではないかと考えました。

ターニャ:学生服のライトイエローは「楽しさ」や「無垢さ」を表現しています。コンクリートと木で作られた建物の周りを小さなハチが飛び回っているようなイメージですね。そしてまた、このライトイエローからは強さや明るさだけでなく、ほのかな病み要素を感じさせられます。生徒をライトイエローに設定したぶん、ノヴァクや他の人物にはこの色を使わないようにしていました。

ジェシカ:建物がダークブラウンで決まっていたので、コントラストで選んだ側面もあります。

ターニャ:同じ色の違う素材を組み合わせた方がより面白いと感じたのと、強い色同士をぶつけてしまうと競合してしまうからです。最終的なメッセージ性が失われないように、という想いもありました。

ジェシカ:学生服に関してはアイコニックなルックを探していて、春の花のようなイメージで選んでいきました。ミス・ドーセット(シセ・バベット・クヌッセン)に関しては同系色でまとめず、甲冑のように自分を大きく見せるシルエットを重視しました。

ターニャ:私たちの作品では、赤を象徴的に用いることが多い気がします。今回もノヴァクの重要なシーンで赤の衣装を着せていますし、前作『リトル・ジョー』は、物語の中心となる花自体が赤色でした。

ジェシカ:私が赤を好きなのは、愛と危険という矛盾する要素を併せ持っていて、警鐘を鳴らす色だからです。

みんな自分がついた嘘の中に生きている。

ジェシカ:おっしゃる通りです。私自身が惹かれるテーマであり、何かが欠如した状態にも長年興味を持っています。誰もが死後の世界はどんなものか知って安心したいと思うし、人生が充足してほしいと願うものでしょうが、結果的に人生なんて偶然の連続で私たちが計画することも出来なければ、死後の世界が本当にあるかすらわかりません。そうしたフラストレーションから生まれたのが、宗教や信仰心だと思います。

ただ、「神に祈れば愛を得られる/天国に行ける」と信じながらも、多分本当じゃないというのは皆が知っていることなのではないでしょうか。とはいえそれを認めるのはなかなか難しいことでしょうから、みんなある程度は自分がついた嘘の中に生きているのではないかと思います。

ここでいう信仰の対象は神に限らず、菜食主義でもアヴァンギャルドなファッションでも、お金でもなんでも構いません。この世には拝金主義の人も大勢いますしね。ただ、多くの人が神のように崇めるお金は、見方を変えればただの紙でもあるわけです。そのようなギャップを、私たちはこれまでの作品を通して描いてきたように思います。

ジェシカ:まさにその通りで、私たちは常にユーモアに助けられています。やっぱり生きるうえでは楽しくありたいし、私たち二人も衣装の打ち合わせをしながらよく笑っています。

それに、矛盾は見方を変えるととても面白いですし、ターニャはそうした遊び心を盛り込んでくれるタイプでもあります。私もそうで、あえて哀しいシーンにハッピーな色をぶつけるのが好きです。

初監督作『Lovely Rita(原題)』で、病気の息子を想って母親が病院の外で泣いているシーンを撮りましたが、彼女はピンクの三角のイヤリングをしていて泣くたびに震えるんです(笑)。そういった感じで、私たちはシリアスなシーンであってもユーモラスなトーンやクレイジーな色彩を持ち込みがちなところがあります。

ターニャ:やっぱり、ユーモアは最高の逃避でもありますから。子どもながらに哀しい瞬間だってありますが、そういうときにユーモアがあればモードを切り替えることができます。そうやって二人で遊んできたのがそのまま、いまも続いている感覚があります。

ジェシカ:ターニャは小さい頃、私をモデルにしてよく着せ替え遊びを行っていました。その頃からもう、いまの仕事への興味があったのかもしれません。

ビジュアル言語を持たない映画作りは信じていない。

ターニャ:何よりもキャラクターをサポートする役割であり、映画の題材を象徴するものだと捉えています。私は、衣装を「その人が着ている服」というところで終わらせたくなく、そのシーンの持っている意味や雰囲気、傾向を伝えたい、そして画全体の一部でありたいと思っています。

ジェシカ:自分が観客や審査員として観ていたり、教えているなかで出合った作品の9割は、現実をそのまま映したものです。そこにビジュアルスタイルや、撮影言語はほとんどなかったように思います。あるいは見えていないのかもしれませんが、私はそうした作り方を信じていません。

だって、映画の中で描かれているのは結局、私たちが生きる現実世界ではありませんから。

それなのに現実然としているのはちょっと矛盾がありますよね。だからこそ私たちは、衣装も含めたビジュアル面に何よりこだわります。その世界を余すところなく表現するために、あえて誇張したようなルックにするのです。ただの赤でなく、よりクレイジーな赤を選ぶのには、そうした理由もあります。


Jessica Hausner 1972年生まれ、オーストリア・ウィーン出身。フィルムアカデミー・ウィーンで監督業を学び、ミヒャエル・ハネケに師事し、映画『ファニーゲーム』にアシスタントとしても参加。卒業後の1999年、プロデューサーのバーバラ・アルバートや撮影監督のマルティン・ゲシュラハトらと映画製作会社「coop99」を設立する。2001年の長編デビュー作『Lovely Ritaラブリー・リタ』は第54回カンヌ国際映画祭ある視点部門で国際的な注目を集め、2004年、長編2作目となる『Hotelホテル』で再び同部門に選出。2009年、『ルルドの泉で』は第66回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に選出され、国際批評家連盟賞ほか5部門を受賞した。『Amour fou(原題)』(’14年)は第67回カンヌ国際映画祭ある視点部門でプレミア上映された。そして、長編5作目にして英語デビュー作となる『リトル・ジョー』(’19年)は、第72回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、エミリー・ビーチャムが最優秀女優賞に輝いた。

Tanja Hausner 1970年生まれ、オーストリア・ウィーン出身。パリ、ヘッツェンドルフ、メードリングでファッションデザイン、インテリアデザインを学び、1995年ごろよりジェシカが監督する映画の衣装に携わる。その後、ウルリヒ・ザイドル監督のパラダイス三部作や『グッドナイト・マミー』(2014年)に参加。『Amour fou(原題)』(’14年)と『リトル・ジョー』(’19年)の両作でオーストリア映画賞最優秀賞デザイン賞にノミネートを果たし、ジェシカ作品に欠かせない存在となっている。

『クラブゼロ』
名門校に赴任してきた栄養学の教師ノヴァクは【意識的な食事/conscious eating】という「少食は健康的であり、社会の束縛から自分を解放することができる」食事法を生徒たちに説く。親たちが気付き始めた頃にはすでに遅く、生徒たちはその教えにのめり込んでいき、「クラブゼロ」と呼ばれる謎のクラブに参加することになる。栄養学の教師が導くのは、幸福か、破滅か。
監督・共同脚本:ジェシカ・ハウスナー
出演:ミア・ワシコウスカ、クセニア・デヴリン、ルーク・バーカー、フローレンス・ベイカー、サミュエル・D・アンダーソン、グウェン・カラント、シセ・バベット・クヌッセン
2024年12月6日(金)より、東京の「新宿武蔵野館」ほかにて全国公開。
クロックワークス配給。
© COOP99, CLUB ZERO LTD., ESSENTIAL FILMS, PARISIENNE DE PRODUCTION, PALOMA PRODUCTIONS,BRITISHBROADCASTING CORPORATION, ARTE FRANCE CINÉMA 2023

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