本好きの本棚
音楽家 君島大空さんが選ぶ3冊

読書家のあの人に、影響を受けた3冊を尋ねるインタビュー「本好きの本棚」。今回のゲストは、音楽家の君島大空さん。各地で開催するライブは軒並みソールドアウトとなり、その質の高さでも話題をさらう君島さん。歌詞や自作のジャケットなどからうかがえる感性の源泉を、大切にしている3冊の本から探ります。

photographs : Jun Tsuchiya(B.P.B.) / text : Izumi Kubo
『装苑』2022年3月号掲載

Ohzora Kimishima ● 1995年生まれ、日本の音楽家。2014年から活動を始め、同年からSoundCloudに自身で作詞・作曲・編曲・演奏・歌唱をし、多重録音で制作した音源の公開を始める。’19年に1st EP 『午後の反射光』を、’20年に2nd EP『縫層』を発表。’21年4月に3rd EPとなる最新作『袖の汀』を発表し、独奏・合奏両形態の単独公演を開催。ギタリストとして高井息吹、坂口喜咲、婦人倶楽部、吉澤嘉代子、adieu(上白石萌歌)などのアーティストのライブや録音に参加する一方、劇伴、楽曲提供など様々な分野で活動中。8月16日に東京にて合奏ワンマンLIVE,9月に2ndアルバムリリースを予定。
WEB : http://www.fujipacific.co.jp/artists/artists/post_23.html

静謐な時間が流れる
現実をまなざした希望の3冊

 君島大空さんの音楽は、太陽のような明るさでなく、夜中に灯るのほのかな光で生きていく人を救ってくれる、そんな力がある。独奏と合奏で雰囲気の異なる音を拡げながら、君島さんにしか書けない美しい詞が魅力的だ。またコラージュ作品も制作する多面的な君島さんの読書遍歴は、小学校の図書室から始まったという。

「小学校の図書室が好きで、ここにある本はいくらでも借りていいと気がついた時からずっといましたね。何かのきっかけで、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズを読んで小説が好きになりました。その頃はミステリーやSF要素のあるものを読むことが多かったです」

 そんな君島さんが1冊目に挙げたのは、湯本香樹実さん作の絵本『くまとやまねこ』。酒井駒子さんが描く絵とともに、静かに心が震える一冊。

『くまとやまねこ』湯本香樹実 文、酒井駒子 絵 ¥1,430 河出書房新社
ある朝、くまの友達であることりが死んでしまったところから始まる絵本。ことりがいなくなってから塞ぎ込んでいたくまが天気のいい日に散歩をしていたところ、やまねこに出会い、思わぬ言葉をかけられる……。誰かの死の後にある道のりにそっと寄り添うような、静かだが心を鳴らす絵と言葉に、絵本の持つ力を感じる一冊。

「この本は、高校生の時に誕生日プレゼントで当時お付き合いをしていた方からもらいました。初めて読んだ時に混乱するほど号泣してしまって。それまでは小説ならではの凝った言い回しにロマンを覚えていたのですが、この物語の言葉はすごくストレートです。人に何かを伝える時や、迷った時に開くようにしています。酒井駒子さんの絵には、言葉で言い表そうとして必ずこぼれてしまうガラス瓶のような部分が含まれている感覚があります」

 この絵本が描くのは大切な存在の死。君島さんの表現にもその死生観がむものが多い。

「死が身近にある子供時代を過ごしてきました。死という題材はきれいに扱われることが多いものですが、私はその風潮ともとれる装飾が嫌いです。この物語が描く死は自然体。自分が歌う間、死がよぎっている部分はすごくあって、それは生と表裏一体だとも。だから聴いてくれる人に対しては、強烈に生きていてほしいという思いを持っています」

 好きな本は繰り返し読むという君島さんが、4年間持ち歩いている本が、モダニズムの詩人、北園克衛の詩集だ。

『現代詩文庫  1023巻  北園克衛詩集』 北園克衛 著 ¥1,282 思潮社
1925年より実験的な詩作を行っていた北園克衛(1902ー’78年)。意味や情感などの文学性によって詩を形成するのではなく、言葉そのものの美的感覚や、文字組みの芸術性などから詩作し、詩が詩たるゆえんを追求した。君島さんは本書を持ち歩いて読み、凝った文字組みの1か所に、不意に光が当たるような美しさごと味わって読んでいるという。

「北園克衛の図形的に組まれた詩から感じる、どこか冷たい質感が好きです。一方で『ELEGIA』という詩には、血の通った人間らしい部分があって安心します。北園は言葉というアナログなものを使ってデジタルな景色を作っているところがあり、詩人、デザイナー、写真家という多面性を持ちながら、活動に一本筋が通っていることにも感動します。私もそんな人になれたらいいな、と思います」

 そんな君島さんが最近手に取ったのは、イギリスの小説家、アンナ・カヴァンの短編集『ジュリアとバズーカ』だ。夢の中にいるような、様々な文体で書かれた短編が連なる。

『ジュリアとバズーカ』アンナ・カヴァン 著、千葉 薫 訳 ¥3,080 文遊社
精神病院での体験をもとにした作品集や終末的な長編を書いているアンナ・カヴァンの短編集。夢と現実の境目に落ちたような作品群は、不安定な精神状態で書かれたとは思えない鋭く造形的なものばかり。眠っている時に様々な夢を見るという君島さんは、3年ほど夢日記をつけており、見た夢が作品に影響を与えることもあるそう。

「一時期、何を読んでも楽しくなくなってしまって、文章だけでトランス状態や酩酊状態になれるものが読みたくなり、調べて出会いました。特に『以前の住所』は妄想と現実の境目がつかなくなっていく描写がすごい。今回選ばせていただいた3冊に共通しているのは、現実を強烈に見ているからこそ書けるものだということ。それがすごく希望を感じさせるなと思います。夢見心地にもさせてくれるし、一人で帰る寒い日の足元を見せてくれる、そういう現実感が好きですね」

writer : Izumi Kubo 久保泉 
文筆家・編集者・キュレーター。文化学園大学で服装社会学を専攻したのち、アートやカルチャーにまつわる仕事をしながら2016年より詩を書き始める。2020年にグラフィックデザイナーの大坪メイとブックレーベル「bundle」を、2022年に演劇プロジェクト「aizu」を立ち上げる。2023年10月と2024年1月に詩の個展を開催予定。
WEB:https://izumikubo.com
Instagram:@izkoh123

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