1983年から「VOGUE」で仕事をし、’88年にアフリカ系アメリカ人として、初めての同誌クリエイティブ・ディレクターとなったアンドレ・レオン・タリー(1948~2022年)。「ファッション業界のレジェンド」として知られる彼の仕事を、現代ファッション&カルチャー史と共に伝えるドキュメンタリー映画が、『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』だ。
3月17日(金)の公開に先がけ、3月13日(月)に「装苑presents『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』試写会」を開催。上映後には、FACETASMデザイナーの落合宏理さんが登壇し、本作の魅力やアンドレについて、そしてファッションとクリエイションの現在地を伝えるトークイベントが行われた。
本試写会の参加者の多くは、文化服装学院を中心としたファッションの学生。最後は、学生と落合さんのファッションをめぐるQ&Aで締めくくられた。
この記事では、本トークイベントの様子をご紹介します!
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』試写会トークイベントの様子。
1,落合さんが『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』を鑑賞した感想は?
落合:「アンドレが『ドラマチック』という言葉をよく使っていたのが印象的でした。それを聞いて、洋服も映画も、本来そうでなければいけないものだと感じましたね。誰かの人生を豊かにするようなドラマチックさを持ったクリエイションが大事なんだ、と。
アンドレはものを作る人と受け取る人の間で、クリエイションの世界観を表現した人です。そんなアンドレ自身が美しくあることで、作る僕らにも魔法がかかる。こういう人と出会うことによって、デザイナーが成長できるんだなということも感じました。作る側の僕としては、正直、羨ましいという感想を持ちました。
印象に残った言葉は、『ファビュラス』。彼が言うファビラスという言葉の意味をちゃんと知りたいと思いましたね。アンディ・ウォーホルのサロン兼アトリエでもあるファクトリーで電話番をしていたアンドレは、純度の高いファビュラスを見ていたのかもしれません」
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』より。アンディ・ウォーホル(中央)とアンドレ・レオン・タリー。
2,ダイアナ・ヴリーランドから多くを学んだアンドレ・レオン・タリーのように、落合さんが影響を受けた人は?
落合:「ブランドを始めて間もない頃、スタイリスト・衣裳デザイナーである北村道子さんに洋服を見ていただきたくて、『装苑』の編集者に北村さんを紹介していただきました。しばらくして、北村さんがある本の中で、アレキサンダー・マックイーンとトム・フォードの間に入れてファセッタズムを紹介をしてくださったんです。新人も一流も同じ土俵でフラットに見る視点や、世界的なデザイナーと並べて掲載してくださったことに驚きとうれしさを感じ、ファッションの夢を見させていただきました。
北村さんから言われて今も心に留めている言葉があります。それは『洋服を壊すな』というもの。『壊すのは誰でもできるから、ちゃんと作れるようになってから壊しなさい』という教えなんです」
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』より。ダイアナ・ヴリーランド(右)とアンドレ・レオン・タリー。
3,好きな映画は?
落合:「好きな映画は何回も観ます。音楽を聴くように映画を流してデザイン画を描くこともありますね。そうして何回も観ている作品の一つが、ガス・ヴァン・サント監督の『エレファント』(2003年)。好きな要素はたくさんありますが、あの空の美しさだけでいいな、と思えます」
4,日本人デザイナーが世界の舞台でショーをするということ
落合:「東京で発表した2014年-’15年秋冬コレクションをジョルジオ・アルマーニさんが映像で見てくださり、ミラノ・コレクションで世界デビューしないかと声をかけてくれました。そのことで2016年春夏ミラノ・メンズ・コレクションで、安藤忠雄さんが設計した『アルマーニ/テアトロ』でショーを行い、その後、2017年春夏からパリ・コレクションで発表しています。
以前、クリステル・コーシェ(KOCHÉデザイナー)と話した際、彼女は『日本人デザイナーがパリのファッションウィークでデビューすると、注目度が高く皆が見てくれて羨ましい』と言っていました。山本耀司さんや川久保玲さんなど日本人デザイナーの先駆者が、いまもパリですごく活躍されていますよね。その先人達が作ってくださった道があり、恩恵を下の世代が受けている。だからパリで日本人デザイナーとしてコレクションを発表していることはポジティブなことなんです」
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』より。米国「VOGUE」編集長のアナ・ウィンターとアンドレ・レオン・タリー。アンドレは、アナ・ウィンターの右腕として長年ともに仕事をした。
5,参加者とのQ&A
――落合さんが思うアンドレの影響力は?
落合:「いまはファッションショーにやってくるゲストがおしゃれをしていて、SNSなどで発信される彼らの姿も、ショーと同じくらい注目されるというのがスタンダードですが、そうした流れを作ったのはアンドレだったのではないかと思います。ショーだけではなく、フロントロウも表現だという道を作った人ではないでしょうか」
――ファッション業界で働くことに不安があります。現状をどのように思いますか?
落合:「自分自身もコロナ禍でたくさんのことを考えました。その中で、ファミリーマートと『コンビニエンスウェア』を手がけるなど(※2021年3月スタート)新たな取り組みも行いました。たしかにファッションを取り巻く環境は厳しく、現代において、服を大量生産するようなことは許されません。ただ、ファッションを通してやれていないことはまだたくさんあると思っているんです。ファッションの視点があることで新しい文化や美しいものを創造することができる。その可能性を信じています」
――デザインする上で大切にしていることは?
落合:「毎シーズン新しい価値を生み出していくことと同時に、過去に自分が作ったものも大切にしたいと思っています。それは、昔のものをもう一度出すということではなくて。過去に自分が考えていたことや初期衝動などを見つめ、それを大切にしながらデザインをしていきたいです」
Hiromichi Ochiai
1977年生まれ、東京都出身。’99年、文化服装学院アパレルデザイン科メンズデザインコース卒業。テキスタイルメーカーでの勤務を経て、2007年4月、“ファセッタズム”を設立。’11年、東京で初めてのランウェイ形式のコレクションを発表。’16年には日本人として初のLVMH Prize for Young Fashion Designersファイナリストに選出。同年より、パリ・コレクションで発表する。
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』
2022年1月18日に73歳で他界した、ファッション界の巨匠と呼ばれたアンドレ・レオン・タリー。人種差別が色濃く残る時代のアメリカ南部で幼少期を過ごしたアフリカ系アメリカ人の彼が、如何に最も影響力のあるファッションキュレーターにまでのし上がったのか。彼の人生と彼が残した数々の功績をマーク・ジェイコブス、アナ・ウィンター、トム・フォードなどファッション界を代表する人たちのインタビューと共にファッションの歴史を交え伝える。
2023年3月17日(金) より、東京・渋谷の「Bunkamuraル・シネマ」にて公開。
監督:ケイト・ノヴァック
出演:アンドレ・レオン・タリー/アナ・ウィンター/トム・フォード/マーク・ジェイコブス/イヴ・サンローラン/カール・ラガーフェルド/ノーマ・カマリ/ヴァレンティノ・ガラヴァーニ/ウーピー・ゴールドバーグ/イザベラ・ロッセリーニ/ウィル・アイ・アム(ブラック・アイド・ピーズ)/ラルフ・ルッチ/サンドラ・バーンハード/マノロ・ブラニク/アンドレ・ウォーカー ほか
配給:リージェンツ
©Rossvack Productions LLC, 2017. All Rights Reserved.
WEB:https://andremovie.com/