『しびれ』内山拓也監督×主演・北村匠海、ともに「光の先」へと進むために費やした覚悟の時間

『佐々木、イン、マイマイン』や『若き見知らぬ者たち』などのオリジナル作品を発表してきた内山拓也監督の最新作『しびれ』(劇場公開中)は、自身のルーツである新潟を舞台にした彼にしか描けない物語に仕上がった。

夜の仕事で生計を立て、ほとんど家に帰ってこない母・亜樹(宮沢りえ)と2人暮らしの少年・大地。暴力を繰り返す父・大原(永瀬正敏)の影響で言葉を発さなくなった彼は、凄絶な生活を何とか生き延びて青年へと成長していくが――。

第76回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門に正式出品されるなど、各映画祭で話題を呼んでいる力作は、どのようにして生まれたのか。内山監督と青年期の大地を演じた北村匠海の対談で、その軌跡を辿ってゆく。

『しびれ』
日本海沿いの町に暮らす少年・大地は、幼少期に暴君のようだった父の影響から言葉を発しない。 今は母の亜樹と暮らしているが、 夜の仕事で生計を立てざるを得ない亜樹はほとんど家に帰らず、 生活は苦しい。 やがて亜樹と共に叔母の家に身を寄せるが、 どこにも居場所はなく、 ひとりで過ごしては内気になっていった。 大地は父の行方を求めて生家を訪ねることを決意。 これを境に彼の運命は大きく揺らいでいく———。


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北村匠海(以下、北村):最初は、たまたま共通の知人を介して知り合いました。僕が『佐々木、イン、マイマイン』を観ていたり『若き見知らぬ者たち』に関してはコメントを書いたりと自然なつながりがあり、だいぶ前になりますが『しびれ』の企画書をいただきました。内山監督とはずっと一緒にやりたかったし、その際に「誰も見たことがない北村匠海を見たい」とメッセージをいただけて、この役をやるのは自分しかいないと直感しました。

内山拓也(以下、内山):自分は新潟で暮らしていた少年時代から北村匠海という存在をもちろん知っていて、表現者としてのまなざしや多角的な視座に惹かれていました。大地という役は、言葉を発せない人物です。そのぶん、目に宿るものを持った人にお願いしたいと思いました。

僕は自身が生きてきたすべての感覚を“しびれ”と名付けていますが、北村匠海ならば託させていただけるのではないかと。大好きなポール・トーマス・アンダーソン監督が『ワン・バトル・アフター・アナザー』でレオナルド・ディカプリオを起用した理由を「レオナルド・ディカプリオだからだ」と語っていましたが、僕も同じ気持ちです。

北村:作品に入る前に2人で色々とお話しして脚本の内容も変わっていきましたが、本当に覚悟が必要な作品で“自分では向き合えないかもしれない”と思ってしまったタイミングがありました。そんなときに内山監督が事務所を訪ねてくれて「僕と心中してくれ」と言ったんです。その言葉が強烈に心に響きました。自分の直感と、内山監督の言葉に突き動かされ続けた日々でした。

内山:企画が立ち上がって脚本が形作られていくまでに10年以上の年月があり、匠海くんにオファーを受けていただいてから撮影までも2年ほどと、この映画には長いプロセスがありました。脚本に関しても、『若き見知らぬ者たち』をフランスで編集している際に僕が大幅に書き換えたんです。ざっくりいうと、『しびれ』というタイトルと大地と亜樹の名前以外は頭から全て書き直しました。「心中してくれ」というのは、ようやくこの形に辿り着けました、と意図を匠海くんに説明する際に自然と出た言葉でした。

北村:でもきっと、残る言葉ってそういうものだと思います。内山監督は演技に対しても、現場でかけてくれる言葉もすごく自然でまっすぐ。大地は喋らない人間だからこそ、内山監督の言葉を信じ続けるのがテーマだったのかもしれません。

内山:そうですね。脚本を書き始めた19~20歳当時は、自分の内包している願いや祈りといった衝動的なものが強く込められていました。ある種、新潟/東京の人生を行き来するようなものでもあったかと思います。それが『佐々木、イン、マイマイン』を経て『若き見知らぬ者たち』をまさに完成させるタイミングで、これまで培ってきた手法に頼りすぎているように感じられてしまいました。もっとこれはシンプルかつダイレクトにお客さんに届けるべきなんじゃないか。手法なんて関係なく「純粋に前へ」と希望の光に進んでいく、その一点がやりたいんだと気づいたのです。

今まではメッセージを込める作り方をしてきませんでしたが、今回初めて観客の方とちゃんと手を繋いで「一緒に希望の光へ進んでみませんか」と伝える方法論をとりたいと思えました。そこで思い切って、大地というひとりの子どもが大人に成長するまでの20年間の人生を描く形に脚本を大きく変えました。

自分の人生のスタート地点の記憶は、声が出なくなった瞬間でした。僕はたまたま声を出せるようになりましたが、あのまま声が出ない人生もあっただろうなという気持ちは自分の中にずっとあるものです。そのまなざしをある種のリファレンスとして、ファーストシーンから改稿を行ってきました。

その際にお守りだったのが、ロベール・ブレッソン(『バルタザールどこへ行く』『ジャンヌ・ダルク裁判』ほか)の存在です。彼は客観的に人物を観察し、行為主義といいますか、言葉で説明するのではなく生身の人間の生きざまを撮るタイプの映画作家だと僕は捉えていて、その感覚に近いのではないかと。言葉がない方が新潟のあの景色と対峙している大地の感覚がダイレクトに伝わるのではないかと思い、自分自身の「声が出ない」記憶をスタート地点に置きました。

北村:最初に企画をいただいた際に感じたのは、ほとばしるほどの「怒り」でした。結末がどうであれ自分の中でこの映画に参加したい気持ちはずっとありましたが、内山監督が様々な経験を経て光を見出してその方向に舵を切ったことが嬉しく、自分の人生を重ねもしました。僕自身は怒れない人間で、どちらかというと哀しみが多い人生ですが「それでも明日は来る。じゃあ1分1秒をどう生きるか」が自分のテーマとなっています。

自分自身も光に向かおうとしている中、いただいた改稿版の脚本は非常にしっくりきました。あとはもう、大地として新潟の地で何を見つめてどんな空気を吸い、何を食べるのかといった「生きる」一点にフォーカスする時間になると感じ、役者として内山監督にNOは言わないと決めて。

内山監督がいま何を見ているかを見続けることが、大地を生きるということに直結していたので、とてもシンプルな日々だったんです。現場全体も、こんなに純度が高い時間はないと思える空気感に満ちていて、映画を好きになった初期衝動が毎日湧き起こるような場所でした。

内山:僕は自主映画『ヴァニタス』も含めてこれまでに4作の映画を撮ってきましたが、脚本を書いたのは最初が『しびれ』、次に『ヴァニタス』、そして『若き見知らぬ者たち』を経て『佐々木、イン、マイマイン』と、世に出た順番とは前後していて。そういった意味では、作品を経るごとにどんどんパーソナルに寄っている感覚があります。

『若き見知らぬ者たち』までの僕は、「現実とは抗えないもの」という意識があったように思います。大人になればすべてが自由になると信じていたけど、いざなってみると「一か月後の家賃を払えるかな」「東京に出てスタイリストを辞めて、自分の選んだ道は正しかったのか」「映画を撮って賞をもらったけど、まだずっとバイトしてるな」といった、また別の苦しさや責任がのしかかってくる。そうしたものを真正面から映して、なるべくフラットに、ジャッジせずに見つめよう、描こうとしてきました。

ただ、30歳を越えたあたりから僕自身のフェーズが変わってきて、目標が「人生を楽しく生きる」へと変わりました。そう思えたときに『しびれ』と向き合うことができて、とにかく前に、光の先へと進むんだ――という方向に向かえた気がしています。

内山:「しびれ」という感覚を全員に共有していたので、僕もカメラマンの光岡兵庫も必然的に寄っていった感じでした。僕は、目の前の出来事や人に対して、無反応でいられる人たちはマジョリティだと感じていますが、その無反応な視点のまま遠くにいたら大地は撮れない。この映画では、彼が見ているもの/見たものしか映りません。大地を見つめていればその背景には自然があり、時代や政治、社会が映るはず、という感覚があった中、結果として距離が近づいていきました。

内山:物理的な面でいうと、まずフィルムを選択することです。新潟という厳しい自然の中で、フィルム撮影は本当に不便なんです。デジタル撮影のように皆がモニターを見て修正することができませんから。

ただ、そうした環境をつくることで「僕が指示するんじゃなく、皆が見ているものが全てだから、今この瞬間に集中しよう」という能動性が生まれました。僕自身「みんな来いよ」とチームを引っ張っていくより「みんなで一緒に行こう」と歩みを合わせてゆくタイプですが、スタッフ各自が「内山さん、後ろにい過ぎです。もっと前に出てください」といったように引っ張ってくれることもあるかもしれない。そんなチームです。

北村:僕が現場に入ったときに、スタッフの皆さんがそれぞれの時代の大地を演じた穐本陽月くん、加藤庵次くん、榎本司くんと歩んできた時間の話をしてくれて、自然と大地になれました。

僕自身『世界征服やめた』で監督をやったからこそ思うのですが、役者は「よーい、アクション」がかかってしまえばカメラマンと自分しかその世界には存在できないくらい視野が狭くなってしまうもの。その中で内山監督はカット割りどうこうではなく、「どこに行っても全部撮るので大丈夫です」と観察し続けてくれて、とてもやりやすかったです。おかげで大地としてどう息をして生きるか、死なないようにし続けるかに集中できました。そのぶん、“この瞬間、何を掴んでいるのか”という奇跡の欠片を絶対に取り逃さないようにするのが僕の責務でもありました。

全てがこの映画を作るために必要な要素で、フィルムチェンジを待つ時間すら愛おしく感じられました。

北村:そうだったと思います。僕はただただ必死で、あまりあの場面の記憶がなくて。内山監督と僕のコミュニケーションとしては言葉ではなく、「何を見るかだよ」というハンドサインくらいでしたが、カットがかかったときにカメラマンさんが「喰われるかと思いました」と言ってくれたのをよく憶えています。雪がちゃんと降ってくれてよかったですね。

内山:今回の現場は本当に天候にも恵まれました。普通は「晴れろ!」と願うものですが、僕はずっと「晴れるな」と思っていました。雪が降ってほしいタイミングでちゃんと降って、その景色と大地の顔が重なったときに鳥肌が立ちました。あれは一生忘れられないと思います。 僕自身、物理的にも精神的にも匠海くんについていきました。自分の人生においても、あの顔・あの瞬間をこの目に焼き付けることはとても重要でした。

内山:分岐点に近いものです。登った果てに辿り着いたというよりも、この場所に来られたことで肩の荷が下りたといいますか。ゼロになれている感覚があります。この先にやりたい生き方や人生の楽しみ方に、ようやく目を向けられるようになりました。

北村:僕も『しびれ』があった先の内山監督が楽しみだな、と撮り終わった後に自然と感じました。その後、ベルリン国際映画祭をはじめとする様々な映画祭や、この映画を評価して下さる方々にたくさん出会えて「僕たちはいま、あの光の先に行けてるのかもしれない」と実感しています。


Takumi Kitamura

1997年生まれ、 東京都出身。 2008年 『DIVE!!』 で映画デビュー。 2011年に4人組バンド 「DISH//」 を結成し、 メインボーカルとギターを担当する。 『君の膵臓をたべたい』 (’17年) で第41回日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめ数々の新人賞を受賞。 近年の主な映画出演作に 『東京リベンジャーズ』 シリーズ 、『明け方の若者たち』 (ともに’21年)、 『とんび』 (‘22年)、 『スクロール』 、『法廷遊戯』 (ともに’23年)、 『悪い夏』、 『金子差入店』、 『愚か者の身分』 (すべて’25年)、 『ほどなく、お別れです』、 『SAKAMOTO DAYS』 (ともに’26年) など。

北村さん着用:ジャケット ¥501,600、Tシャツ ¥52,800、パンツ ¥104,500、ブーツ ¥212,300 アワー レガシー(エドストローム オフィス TEL 03-6427-5901)/リング ¥73,500 トムウッド(トムウッド 青山店 TEL 03-6447-5528)

Takuya Uchiyama

1992年生まれ、新潟県出身。2013年、文化服装学院スタイリスト科(現・ファッション流通科スタイリストコース)卒業。スタイリストを経て映像の道へ進む。初監督作『ヴァニタス』でPFFアワード2016観客賞を受賞、香港国際映画祭に出品、批評家連盟賞にノミネートされるなど、海外でも評価を獲得。『佐々木、イン、マイマイン』(2020年)では、新藤兼人賞、日本映画批評家大賞、ヨコハマ映画祭など、国内の主要な新人監督賞を総なめにした。同作品は東京国際映画祭でプレミア上映された。フランス、韓国、香港、日本による4つの国と地域の共同製作『若き見知らぬ者たち』(’24年)で商業映画デビュー。最新作『しびれ』で第26回東京フィルメックスにて審査員特別賞を受賞。第76回ベルリン国際映画祭「パノラマ」部門に正式出品。その他にもKing GnuやSixTONESなど著名アーティストのMV、短編、広告など様々な映像作品を手掛け、若年層を中心に幅広い支持を集めている。

『しびれ』
監督・原案・脚本:内山拓也
出演:北村匠海、宮沢りえ
榎本 司、加藤庵次、穐本陽月
赤間麻里子 / 永瀬正敏
2026年9月25日(金)より、東京・日比谷の「TOHOシネマズ シャンテ」、「新宿武蔵野館」ほかにて全国公開。
NAKACHIKA配給。
©︎2025「しびれ」製作委員会

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