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なぜ、いま「リビング・モダニティ」なのか?
『リビング・モダニティ 住まいの実験1920s-1970s』展覧会から考えるモダニティの在りか。

2025.06.25

現在開催中の展覧会『リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s』(2025年6月30日まで)。20世紀にはじまった住宅をめぐる革新的な試みを、衛生、素材、窓、キッチン、調度、メディア、ランドスケープといった7つの観点から再考するという意欲的な展覧会だ。新しくとも40年以上前に提示された「モダニティ」は、21世紀を生きる私たちと一体どのような相関関係があり、未来にどんな影響を及ぼし得るのだろう? 建築家であり、建築研究・評論を行う種田元晴さんによる本展の評と考察をお届けする。

住まいの近代性

 近年、建築をテーマとした大型美術館での企画展が、かつてよりも多くなったような気がする。しかし、たいていは、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、アントニ・ガウディなど、巨匠作家ひとりに着目して顕彰するものか、戦後日本の名建築を多数扱ってその潮流を見定めようとするもののどちらかであることが多い。本展のように、年代も国も異なる複数の建築家を等価に扱い、しかもその建築家の住宅作品をほぼ1点ずつのみを取り上げるという企画は、多様性を認める世相にマッチしたユニークな試みなのではないか。

 しかも、「リビング・モダニティ」という聞き慣れないタイトルがまた興味をそそる。「モダン・リビング(=近代的な住宅)」ではなく、あえて「リビング・モダニティ(=住まいの近代性)」。つまり、主語は住宅ではなく、近代性のほうにある。言い換えれば、この企画展で展示されている主役は、建物それ自体ではなく、そこでの暮らしぶりにあるようだ。建築はあくまでも生活の背景というわけである。

 それは、展示されていた住宅の写真からもうかがえる。ふつう、建築写真といえば、建物を構成する床・壁・天井などによって現出する空間そのものをみせる。そこには、生活感があふれ出すような雑多な小物や人物は表されない。しかし、本展の写真の焦点は、洗面器、便器、浴槽、椅子、テーブルとその上の食器類、絨毯、カーテン、クッション、花瓶など、近代的な住宅での暮らしぶりを象徴する小物の数々と、それらを使う住人にあたっている。これも、ふつうの建築展とは一線を画するポイントのひとつなのである。

 なお、建築におけるモダンとは、主にモダニズム建築のことをさす。これはごく簡単にいえば、1920年代から1970年代頃までに国際的に流行した、それ以前の組積造による装飾建築を否定して生まれた、鉄とガラスとコンクリートによる装飾のない、風と光をよく通す白くて四角いシンプルな箱のことである。本展の副題にある「1920s-1970s」はこの時期の建築を取り上げていることを示している。

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14の住宅作品

 本展の主な会場は1階奥の企画展示室である。間仕切りのない一室大空間のなかに、1920年代~70年代に建てられた14の名作住宅の展示が点在し、順不同で鑑賞することができるようになっている。

その奥には、ミサワホームが所蔵するバウハウスコレクションをはじめとしたモダンデザインの名作家具や照明器具が数多く並ぶ。2階の企画展示室にも展示があって、こちらには、ミース・ファン・デル・ローエが1931年に構想するも実現しなかった幻の住宅「ロー・ハウス」の原寸大モックアップが設営されていて、その内部空間を体験することができる。

 さて、1階大空間に点在する14の作品を、まずは建てられた年代が古い順に紹介したい(〈 〉内は入場口付近でもらえるリーフレットに示された各住宅の見出しからの引用)。

建築家によるドローイングや図面などの原図、内外観の写真、美しい映像などで名作住宅の暮らしぶりをじっくりと味わえるほか、建築系大学の研究室等により精度よく丁寧に仕上げられた大型の模型が見どころ。

 原図が多いためかこの展覧会では写真撮影が原則NGなのだが、模型は撮影OK。『新建築住宅特集』の別冊として図録も出ているので、あらかじめパラパラと眺めてから訪れたが、これには模型写真は収まっていない(巻末の出品目録に記載があるのみ)。つまり、模型だけは展覧会の現場でしか味わうことができないのである。これは是非とも、スマホ越しに写真を撮って満足することなく、目の前の模型としっかり向き合わねばならない。そんなことを思いながら鑑賞することにした。

1.  ル・コルビュジエ「ヴィラ・ル・ラク」(1923)

 両親のために設計されたスイス・レマン湖畔の〈湖や山々の風景を取り込む家〉。近代の技術が可能にした横長窓が特徴。なお、会場へのエントランスアプローチを兼ねて、この住宅の内観の一部が実寸大で再現されている。その窓越しに望むのは、展示の島が浮かぶ湖に見立てた会場である。

2. 藤井厚二「聴竹居」(1928)

 京都大山崎の山の中腹に建てられた自邸。日本の気候風土に適した居住環境をもとめて、藤井は何度も自邸を建てた。本作はその最後にして唯一現存する〈環境とともにくらす日本の家〉である。

3.  ミース・ファン・デル・ローエ「トゥーゲントハット邸」(1930)

 チェコ・ブルノ市郊外の眺望の良い斜面地に建つ〈ぶあつい壁から解放された自由な家〉としての豪邸。

4. ピエール・シャロー「メゾン・ド・ヴェール」(1932)

 パリ市内に建つ18世紀のアパートの壁の一部を外してガラスブロックの壁面に改修した〈光あふれる大きなガラス壁の家〉。周囲の組積造による壁面との連続性を保ちながら、光を透過する近代性が表現された画期的な一作で名高い。

5. 土浦亀城「土浦亀城邸」(1935)

 東京・上大崎の高低差のある敷地に建てられた自邸。ドイツの木造乾式工法を採用して、まるで鉄筋コンクリート造の住宅かのように仕上げた白くて四角い箱。東京工業大学安田幸一研究室による1/20軸組模型からその工夫がみてとれる。

6. リナ・ボ・バルディ「カサ・デ・ヴィドロ」(1951)

 ブラジル・サンパウロ南部の丘に建てられた自邸。もとは植物が少ない土地に自分たちで植え、緑豊かな環境をつくりあげた〈まわりの植物と一体になる家〉。奈良女子大学長田・長谷研究室による1/30の巨大な白模型で、その起伏に富んだ土地に浮く姿が表現されている。

7. 広瀬鎌二「SH-1」(1953)

 鎌倉市に建てられた最初の自邸。SHシリーズと呼ばれる一連の軽量鉄骨住宅の第1作目。弟子らを中心とした広瀬鎌二アーカイブス研究会によって2018年に制作された鉄骨原寸モデルが出展されている。

8.  アルヴァ・アアルト「ムーラッツァロの実験住宅」(1954)

 フィンランド・セイナッツァロのパイヤンネ湖畔建てられた、自らの夏の家。白く塗られたレンガ壁が森の中に映える〈はるかな森や湖とつながる家〉。京都工芸繊維大学の3研究室による断面模型から、緩やかな斜面と屋根下空間の呼応が見て取れる。

9. ジャン・プルーヴェ「ナンシーの家」(1954)

 フランス・ナンシー郊外の急斜面に建てられた自邸。プルーヴェが経営に関わっていた部品工場から回収した部材を即物的に用いた〈ありあわせの材料で組み上げた家〉。東京理科大学による段ボールを縦使いした荒々しい斜面地の表現が、工業的な小屋の端正な姿と対比的で印象深い。

10. エーロ・サーリネン、アレキサンダー・ジラード、ダン・カイリー「ミラー邸」(1957)

 アメリカ・インディアナ州コロンバスのフラットロック川沿いの広大な敷地に建てられた〈庭と家具と一体でデザインされた家〉。東京科学大学那須聖研究室による家具やカーテンの布地までつくり込んだ芸の細かい模型が美しい。

11. 菊竹清訓「スカイハウス」(1958)

 東京・音羽の傾斜地に建てられた自邸。4枚の壁柱で浮かされた床と屋根の間に仕切りのない一室空間が収まり、やがてそこから個室がぶら下がることになる〈くらしに合わせてすがたを変えてきた家〉。出口付近にある横浜国立大学大学院による1/10スケールの巨大な木製模型は、展示のクライマックスとして迫力満点。

12. ピエール・コーニッグ「ケース・スタディ・ハウス #22」(1960)

 アメリカ・ロサンゼルス郊外の高台に建てられた、住宅不足を解消するための良質でローコストな量産型住宅のプロトタイプ。近代の材料である鉄とガラスによって〈風景とつながる開放的な家〉が実現。

13. ルイス・カーン「フィッシャー邸」(1967)

 アメリカ・フィラデルフィア郊外の緑豊かな傾斜地に建つ〈いくつもの窓がついた2つの箱でできた家〉。カーン事務所の実施設計図面(松下希和氏提供)に基づいて忠実に再現された、千葉工業大学建築学科による素材感豊かな1/20スケールの模型が見どころ。会場脇に設置されたベンチと一体となった窓部分の原寸大モックアップも見逃せない。

14. フランク・ゲーリー「フランク&ベルタ・ゲーリー邸」(1978)

 アメリカ・カリフォルニア州サンタモニカの住宅地に建つバンガローを増改築した自邸。元の壁や天井をはずし、新しい材料をつけ足した〈いつまでも完成しない家〉。モダニズムが推進した均質・合理性からの脱却を図ろうとした次世代の建築家の作として、本展の締めくくりらしく出口前に配置されている。

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順不同さが示す展示趣旨

 さて、これら14作品は、「衛生」「素材」「窓」「キッチン」「調度」「メディア」「ランドスケープ」といった、住まいの近代性を構築する7つの要素から再考する、とされている。7つの要素と14作品なので、2つずつ対応するのかな、と思ったらそんな単純なことではなかった。7つの要素は、その濃度を微妙に変えながら、どの住宅にも内在しているものなのである。

 これがなかなか難解で、そのうえ会場にはこの7要素に関する垂れ幕が作品の間に点在しているため、14作品との関連を読み取りにくく、しかも順路が定まっていないので、巡り方をやや難しくしている。さらに、各住宅のポイントがかわいいイラストと簡易な文で説明された大変わかりやすい「ガイドブック」(といっても本ではなくリーフレット)が入場口付近で手に入るのだが、その掲載順も作品の並び順とは関係がない。とにかく徹底して順不同なのである。

 ここまでいくと、この順不同さこそが、主催者側からのメッセージなのだろうと思えてくる。展覧会冒頭のあいさつ文には、これらのモダン・ハウスについて、〈国際的に隆盛したモダニズム建築の造形に呼応しつつも〉、〈それぞれの住宅に固有の文脈と切り離せない関係にある〉と述べられている。つまり、どこでも成り立つ公平で平等な白くて四角い箱の造形をもちながら、その実、その土地の気候風土や家族の個性によって多様な暮らしの場が生み出されていったということである。

 順路に沿えば、進化を追ったり、グルーピングされたりと、系列ができあがってしまう。あくまでも個々の住宅は、たとえ形態のスタイルとしては似ていても、暮らしぶりはそれぞれ全く異なるユニークなものであったことを強調した展示構成なのだと理解したい。

斜面地住宅と自邸に現れるモダン・ハウスの個性

 順不同で多様なものを取り上げているとはいえ、モダニズムの名住宅など、世界中にゴマンとある。この中からどのように本展の14作が精選されたのだろうか。そこにキュレーションの妙が見出せるはずである。一見すると、14作品は地域も作家も規模もバラバラで、特段の共通点がない。では単にキュレーターの好みで選んだだけなのかというと、そうでもなさそうである。つぶさにみると、これらの作品にはいくつかの共通項が見出せるのだ。

 まず、なにより自邸が多い(実家である「ヴィラ・ル・ラク」も含むと14作中9作)。自分の家であれば、他人の家の設計ではやらないような多少の無茶にも挑戦できる。副題に「住まいの実験」とあるが、自邸こそが、自身の個性を惜しみなく発揮できる、実験性に富んだ住宅なのである。

 それにも増して注目すべきは、取り上げられている作品の多くが斜面に建つ住宅であること(14作中9作)。斜面地の建築は、柱か壁で土地の低い側を持ち上げる必要がある。その空間は、平地に建つ建築よりも複雑な立体構成と眺望をもつことになる。土地の起伏という固有の特徴をもつことで、たとえ似たような白くシンプルな箱であっても、平地の建築よりも特異な個性をもつことになる。

モダニズムの造形美を讃えながらもその存在の個性を説く本展では、自邸、あるいは斜面地に建つ名作を積極的に取り上げることで、多様な個性を認める現代との親和性を示そうとしたものと考えられる。

なぜ、いま「リビング・モダニティ」なのか?
コロナパンデミック以降の、AIが発展した世界で

 ところで、なぜ本展はいま、「リビング・モダニティ」を問い直しているのか。その動機はどこにあるのだろうか。

 今年は、ル・コルビュジエが新たな芸術理念としてのモダニティの精神を発信した雑誌『エスプリ・ヌーヴォー』が休刊となった1925年から100年、バウハウスの創立者としてモダンデザインを牽引した建築家ワルター・グロピウスが『国際建築』を著した1925年からも100年、そして昭和100年でもある。これらのことから、今年は暮らしの近代化を考え直す節目ともなる年だといえそうだ。

 加えて、先の7つの要素のうち、第1の要素として取り上げられたのが「衛生」であったことにも注目したい。これには当時不治の病であった結核だけでなく、スペイン風邪も関係していると思われる。スペイン風邪が世界で大流行したのは、1918年から1920年にかけてのこと。その100年後の2019年、世界で再びパンデミックが起こった。コロナ禍もすでに喉元をすぎた感があるが、まだ完全に収束したわけではない。

 コロナパンデミックでは、換気の重要性が今更ながらに再評価された。これは本展で第3の要素として挙げられた「窓」に関わる。横長の大きな窓は、それ以前の組積造では実現しなかった。近代の材料である鉄、ガラス、コンクリートによって可能となったものである。ちょうど100年前にこのような衛生に関する工夫が可能となったことを、新型コロナウイルスの存在が思い出させてくれるのである。そんなことが、100年前の生活様式を今こそ見直すべきとの本展開催の強い動機のひとつであったのではないかと筆者には思われてくる。

 モダニズムの建築理念は、人間を大衆として見なし、量産、均質、合理、普遍、機械化を推し進めることで、世界のどこであろうとも誰もが等しく快適な住まいを得ることができることをめざしたものであったというのが、従来の解釈だと思う。その点で、ポスト・モダニズムの時代には批判されもした。しかし、本展は、そんななかにも、個別の暮らしに寄り添い、手仕事性を重んじた、そこでしか成し得ない端正で美しい住宅作品があったという、モダニズム建築の多様性に富んだ側面を示してくれている。

 翻って、現代の、とくに日本の建築事情は、コンピュータの進歩を背景に大規模化しデジタル化を進める方向性と、震災を契機に身近で小さなコミュニティを手づくりで整える方向性という、対極的な傾向が混在・併存した状況にある。このような状況は、モダニズムの時代から続く課題の延長線上にあるといえるだろう。

 モダニズムが推進した生活環境の合理化は、生成AIの著しい進歩にも助けられ、もはや均質な量産の理想を超えて、個別解を量産する域に届いている。そしてこの状況は、今後もますます過剰に発展していくことだろう。それでも、我々が肉体を持つ限りにおいて、建築は肉体をもった人間のための居場所であり続ける。モダニズムの時代にも悩まれたであろうこの問題を、その延長線上で、遥かなスピード感を伴って翻弄される私たちは今、過去を振り返りながら再びじっくりと悩み、目先の仕事をただこなすことに明け暮れることなく、その向かう先を思案しなければならない。

 この展覧会の主題は、100年前の住まいの近代性(リビング・モダニティ)を過去の流行として面白がることではない。むしろ100年前の生活環境の工夫には現代にも通ずる多様な学びがあることを、我々に喚起させることにある。近代性はまだ陳腐化していないのだ。

Motoharu Taneda
文化学園大学造形学部建築・インテリア学科准教授、日本大学芸術学部デザイン学科非常勤講師。博士(工学)、一級建築士。専門は日本近現代建築史・意匠論、建築設計。1982年生まれ。法政大学大学院工学研究科博士後期課程修了。種田建築研究所、東洋大学助手などを経て、2019年より現職。2022年~メドウアーキテクツパートナー。著書に『立原道造の夢みた建築』(単著/鹿島出版会、2016年)、『世界建築史15講』(共著/彰国社、2019年)、『建築のカタチ』(共著/丸善、2020年)、『日本の図書館建築』(共著/勉誠出版、2021年)、『建築思想図鑑』(共著/学芸出版社、2023年)、『はてしなき現代住居』(共著/フィルムアート社、2024年)など。2017年日本建築学会奨励賞受賞。近著に『有名建築事典 イラスト&解説500』(編・共著/学芸出版社、2025年)。

『リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s–1970s』
期間:2025年6月30日(月)まで
会場:国立新美術館 企画展示室1E / 2E
東京都港区六本木7丁目22−2
時間:10:00〜18:00
※毎週金・土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
料金:一般¥1,800、大学生¥1,000、高校生¥500
2025年9月20日(土)〜2026年1月4日(日)「兵庫県立美術館」に巡回。

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