世界へ飛び出した日本人
vol.5 小林 圭さん

「取った命を皿に返して、お客さんの記憶に残るものにする」

「二つ星までが長くて、いろいろな方向性を考えました。難しい料理、科学的な料理なども作って、もがきましたね。そして、最終的に今の料理のスタイルにたどり着きました。変化の過程で行ったのは、少し自分を抑えること。食材ありきで、食材が料理を語るべきだと。まずは食材に敬意を払い、この店に合うものを見極めることです。食材を使うというのは、その命を取ることになります。僕たちがやらなければならないのは、それをどうやって皿に返して、お客さんの記憶に残るものにするのか、ということなのです。それが進化なのかはわかりませんが、昔に比べたらすごくシンプルになりました。だから仕入先の生産者さんと業者さんとの関係がとても大切です。彼らに毎日一番いいものを届けたいと思って貰うことが重要なんです。僕たちの料理のスタイルは出会いから作られているんですよね。毎日、違う食材と出会う、お客さんと出会う。それがレストランを育ててくれているんです。今の目標はシンプルですが、お客さんにとっての世界一のレストランになること。世界中から来てくださるお客さんに『一番いい時間だった、一番おいしい料理だったよ』と言っていただけることです」

前菜のフォアグラのテリーヌ。鮮やかな花の下にルバーブ、ハイビスカスとイチゴのジュースのジュレ、レモン風味のメレンゲが層になっていて、濃厚なフォアグラをさっぱりといただける。Photo by Mika Ninagawa

フランス産ピジョンのロースト。こちらもシェフのスペシャリテ。味噌のほんのりとした甘みと香ばしさがアクセントに効いた絶品の肉料理。Photo by Mika Ninagawa

バジルと桃のスープ。バジルのアイスクリーム、桃のジュレ、カシスのピュレなどがミックスされた絵の具のパレットのような芸術的なデザート。Photo by Mika Ninagawa

「唯一無二のクリエイターになりたい」

 金髪の小林はシェフの制服に身を包みながらも、時計や靴にセンスを感じさせ、ファッションの話題にも精通している。ガストロノミー(美食)とファッションはどこか似ているのではないだろうか?

「ガストロノミーというのは、絶対に必要なものではありません。ファッションもオートクチュールも芸術作品と同じで、心を満たすか満たさないか。でも必要な人がいる。お客さんはいい時を過ごすために時間を買っているのだと思っています。僕が作りたいのはお腹を満たす料理ではなくて、心を満たす料理です。今はまだですが、僕は唯一無二のクリエイターになりたんです。ディオールが確固としたアイデンティティを持っているように。地方の料理は、そのもの自体にすでに物語がありますが、それがないパリのシェフたちはデザイナーに似ているのかもしれません。クリエイティブであること、そこにしかない世界観を作ることを目指しているんです」

 更なる高みに向かって挑戦してきた小林の戦術は、今の自分に勝つこと。

「時間を無駄にしない、1秒毎に進化をさせる。5年後、10年後に、あの時の自分に勝っているかどうか。人と比べないことです」

 人生をかけて冒険をしているかのような一人のシェフの物語はまだまだ続く。

小林 圭(こばやし・けい)
1977年、長野県諏訪市生まれ。15歳からフランス料理界に入り、1998年に「富士山ではなくエベレストの頂を目指す」と渡仏。ラングドック、プロヴァンス、アルザス、ブルターニュ地方で修業を積み、2003年から7年間、パリの三つ星レストラン「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」に在籍。最後の5年間はスーシェフを務める。2011年、巨匠シェフのジェラール・ベッソンからパリのレストランを引き継ぎ「ケイ(KEI)」をオープン。ミシュラン・ガイドの各付けで、早くも翌年に一つ星に輝き、2017年に二つ星、2020年に三つ星を獲得する。

レストラン「KEI 」公式サイト

料理の写真:「KEI」提供

Photographs:濱 千恵子 Chieko Hama
Text:水戸真理子 Mariko Mito(B.P.B. Paris)

1 2