世界へ飛び出した日本人
vol.3 田根 剛さん

2021.12.10

田根さんの建築設計事務所「ATTA – Atelier Tsuyoshi Tane Architects」。元々はガレージだったが、現在はスタイリッシュなアトリエになっている。
「日中は雲の流れが見えて、日が差したり、突然、雨が降ってきたりして、だんだん夜になっていく感じが気に入っています。中にいるのか、外にいるのかわからない感覚になってくるんですよね」と田根さん。

「建築学科に入ったら、のめり込んでいった」

東京で生まれ育った田根さんは、子供の頃からサッカーが好きで、時間さえあればボールを蹴っていたという。高校在学中はJリーグクラブのユースチームに所属したが、チームメイトとの実力の差を感じ、心機一転、北海道東海大学の建築学科に進学。建築家への憧れや目標があったわけではない。
「サッカーはまわりがすごかったので、努力しても越えられない壁があると高校生なりに感じて、違う道に行こうと。でも行きたい大学もなく、内心焦っていました(笑)。高校からエスカレーター式に大学に行くこともできましたが、人生が流されるみたいで嫌だったんですよね。それで、分校を探したら北海道にもあって、大自然への憧れもあったので決めた感じです。それまで建築に興味があったわけでも知識があったわけでもありませんが、建築学科があったので、おもしろそうだなって思って。で、入ったら建築にのめり込んでいったんですよね」

在学中にはスウェーデンへ留学し、卒業後はデンマーク王立アカデミーの客員研究員になるなど、海外で多くの経験を積んだ。大きな転機が訪れたのは、イギリスの設計事務所で働き始めた頃である。たまたま知り合った同年代の二人と共に、エストニア国立博物館の国際コンペに応募。思いがけず、最優秀作品に選ばれ、若干26歳にして大役を任されることになったのだ。プロジェクトのタイトルは「メモリー・フィールド」。ソビエト連邦の統治下で作られ、負の遺産となっていた軍用滑走路を利用し、博物館を作るというものだった。

「エストニア国立博物館」。© Propapanda / image courtesy of DGT.

「場所に記憶が宿っていて、大切な物語がある」

「エストニアがソ連から独立して、これから未来をどう作っていこうかという時代と、僕らのような名もないけど勢いのある建築家がちょうど合ったのでしょうね。占領されていた時代もあるけれど、彼らにはそれを乗り越えたいという気持ちがありました。過去を忘れて無かったことにするのではなく、それを引き受けながら未来を作っていこうというアイデアを評価してくれたのです。その彼らの勇気がなかったら、僕らは選ばれていませんでした。もちろん反対する人たちもいましたが、オープニングセレモニーでは民族衣装を着た地元の方々がいて、言葉は通じなかったけど、手を握ってくれたり、ハグしてくれたりしました。受け入れてもらえたと思えたので、本当に嬉しかったです」

2016年、10年の歳月をかけた博物館が完成し、田根さんはフランス国外建築賞グランプリ(Grand Prix AFEX)*を受賞。このプロジェクトは自身の建築家としての指針を考えるきっかけになったという。

*フランスを拠点とする建築家を対象に、国外での活動を称える名誉ある賞。

「これだけ世界中がグローバルになって、日本も含めアジアでも中東でもアフリカでも、近代都市がどんどん生まれていますが、大事な過去を失ってしまっているような気がしていました。その先が見えないんですよね。当たり前のようにモノに溢れていて、街が新しく変わっていき、どこかの時点でそれらも古くなっていきます。そこから寂れて、人がいなくなったり、シャッター通りが増えたり。そうゆうのを見てきて、建築の新規性だけではいけないと考えるようになりました。むしろ人類が積み重ねてきた場所に記憶が宿っていて、そこにはとても大切な物語があるのではないかと思うんですよね」

田根さんが掲げる建築のコンセプトは「Archaeology of the Future — 未来の記憶」。欠かさず行うのは“場所の記憶”を掘り起こすという考古学的なリサーチである。

ATTAの考古学的リサーチ。オフィスの壁にもこのようなリサーチ過程の資料が貼られている。© Atelier Tsuyoshi Tane Architects

「僕が仕事をするときに、まず考えるのは場所のことです。人ではありません。場所ありきで、そこに建築ができると人が来てくれて、喜んでもらえて、という順序を大切にしています。人を中心に考えると、その土地のことを忘れてしまったり、機能や経済ばかり優先されてしまったりする。僕は建築を未来の人たちにも使って欲しい。今生きている人たちがすべてとは限りません。土地を買ったオーナーの言うとおりに作れば、施主のためにはなるけど近隣のためにはよくないということもあります。お金のために開発が進められた結果、世の中がおかしくなったと思うところもあって。また“〇〇風”など、全く違う文化を突然もってきて、その土地に合わない様式や材料を使うことで、すぐにほころんだり、痛んでしまったりということもあります。やはり、その場所に合
ったものから始めることで、人に長く使ってもらえるものになるのではと思っています」

東京オリンピックに向けた新国立競技場のコンペ(2012年)で、田根さんが提案した「古墳スタジアム」。この作品は最終選考まで残り大きな話題となった。© image courtesy of DGT.

昨年、青森県弘前市に開館した「弘前れんが倉庫美術館」では、長いあいだ残されてきた煉瓦倉庫のある風景を壊すことなく、築100年の元シードル工場を美術館として再生させた。この美術館でもフランス国外建築賞グランプリに輝く。

「弘前れんが倉庫美術館」。建物にあるものを可能な限り残しつつ、耐震性を高めた設計になっている。© Daici Ano

また、最近飛び込んできたニュースでは、開業130周年を迎えた「帝国ホテル」の新本館のデザイン・アーキテクトに起用され、2036年の完成を目指すという。コンセプトは「東洋の宝石」。
「帝国ホテルの2代目となった『ライト館』が各国から“東洋の宝石のようだ”と賞賛されたことからアイデンティティーが決まったのではないかと考えました。そこには、外国から来た人が見たこともない別世界が築かれていて、欧米を真似たものではなかったのですよね。そのアイデンティティーを変えずに21世紀における“東洋の宝石”をどのように作っていくかということが一つのテーマになりました」

「帝国ホテル」新本館の完成予想図。未来の迎賓館として「新規性より永続性を、表層より奥深さを、無機質より重厚感、均質さよりも多様さを」と田根さんは提案。© Atelier Tsuyoshi Tane Architects

「想像の世界に豊かさを感じる」

そんな多忙な毎日を送る田根さんは、余暇をどのように過ごしているのだろう。
「休みを日にちでとるというより時間でとっている感じです。仕事の合間に美術館に行ったり、移動中に本を読んだり、出張先で街を歩いたり。古い街を散策するのが好きですね。名もない建物にも興味があって、そんなのを見ながら楽しんでいます」

この夏にはブルターニュ地方に行き、カルナック列石を訪れたという田根さん。そこは巨大な石が並ぶ先史時代の遺跡で、謎多きミステリースポットである。
「僕としては、すべてがわかったり説明できたりするものより、謎があるほうが魅力です。何かを発掘することで、それまでの歴史を変えることができるかもしれないというのが考古学のおもしろさです。僕も同じように仕事で新しいものを作るより、考古学のような作業が楽しいんですよね。建築は場所と密接な関係があるので、リサーチをすることで、未来になったり、歴史を変えたりすることができるんじゃないかと思うんです」

仕事では真剣な表情に。

「時間が宿っているものに惹かれます」という田根さんが、趣味で集めるのは骨董品。オフィスの棚や机の上にも大小の収集品が並ぶ。
「旅先で時間があると蚤の市に行ったり、アンティークの店に行ったりしますね。そこで目についたものを連れて帰るんです。店頭に並んでいるものではなくて、わざわざ奥へ行って探したり、ただの石ころだったりもします。忘れ去られていても魅力的なものがあるんですよね」

田根さんが集めた骨董品や旅の思い出。

そうであるならアル・サーニ・コレクションの仕事は特別な喜びがあったのでは?
「実物を見た時は、それはもう驚きましたね」と少し興奮気味の田根さん。
「4千年も前のメソポタミア文明の頭像が僕の手が届く所に存在していて、目の前で語りかけてくるようでした。自分たちの人智を超えた人類の歴史の中に、今では知るよしもない王国や社会や生活様式があった…。僕はそうしたものから得られる想像の世界に豊かさを感じるのです」

好きなことにまっすぐで、ロマンチストな面もうかがわせる田根さんは、淡々と話しながら、時折、少年のような笑顔を見せる。そんな彼がいくつも抱えるプロジェクトから、場所・建築・人の明るい未来が見えてくるようである。

渋谷区の都市プロジェクト「388FARM」。笹塚、幡ヶ谷、初台の地域緑道を活性化させ、“コミュニティが生まれる場”の形成を目指す。再開発エリアの長さは3.4km。かつて江戸の町づくりの水路として使われた玉川上水の緑道に位置する。ATTAはコンセプトとして都市農園を提案した。© Atelier Tsuyoshi Tane Architects

2018年に竣工した東京の住宅「Todoroki House in Valley」の模型。

廊下の突き当たりがATTAのアトリエ。

田根 剛(たね・つよし)
建築家。1979年東京生まれ。2017年フランスで「ATTA – Atelier Tsuyoshi Tane Architects」を設立。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future — 未来の記憶」をコンセプトに、世界各地で多数のプロジェクトを手がける。主な作品は「エストニア国立博物館」「新国立競技場・古墳スタジアム(案)」「弘前れんが倉庫美術館」「アル・サーニ・コレクション財団美術館」など。フランス国外建築賞グランプリ(2016、2021)、ミース・ファン・デル・ ローエ欧州賞ノミネート(2017)、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞(2017)、フランス文化庁新進建築家賞(2008)など、多数受賞。
ATTA公式サイト:https://at-ta.fr/

Photographs:濱 千恵子 Chieko Hama
Text:水戸真理子 Mariko Mito(B.P.B. Paris)

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