世界へ飛び出した日本人
vol.1 日爪ノブキさん

2021.09.30


「大事なのは、それまでの自分を捨てること」

紆余曲折を乗り越えて、進むべき道を定めた日爪さんは「会うべく時に会うべく人たちに出会えた」とこれまでを振り返る。

「文化庁の海外研修制度にエントリーする際に、当初はイギリスに行き、帽子のトップクリエイターのスティーブン・ジョーンズさんの下で働きたいと思っていました。でもそれが叶わず、フランスに来ることになったのですが、勤め始めたアトリエのボスが彼と長年仕事をしていたので、結果、僕も彼と仕事をするようになったんです。ボスは世界最高峰の帽子職人なので、帽子界の頂点にいる二人を目の前にして、どうしたら彼らに近づけるのかと考えました。そして、彼らの二倍努力をする決意をして実行したんです。それを続けることによって、確実に彼らに近づいている感触がありました。ですが、5年ほど経過した頃からその差が埋まらなくなり、色々試して最終的に気がついたのは、脳の使い方が間違っていたということです。人間の脳は成功体験をするとそれを繰り返そうとする。でもそれでは進歩しなくなってしまいます。大事なのは、それまでの自分を捨てることでした。そうすることによって、差がぐっと縮まったと感じました」

人一倍考えて、人一倍努力する。その積み重ねがあるからこそ、次のチャンスが巡ってくる。そうやって、日爪さんは自らの人生を切り開いてきたのだ。

アトリエで作業する日爪さん。麦わら帽子用の特殊なミシンは100年以上前のもので、今では製造されていない。引退したボスが使っていたアトリエをそのまま譲り受け、ミシンも使わせてもらっている。


独立後、パリにアトリエを構えた日爪さんは、デザインから手仕事までを一人でこなす。だが、クリエイションの過程ではアドバイザーの意見を聞く柔軟さも。

「厳しい指摘を受けますが、決めつけないようにしておきたいんです。通常はデザイナーとそのアイデアを形にする職人がいて、キャッチボールができるから発見があります。でも一人だと、新しい景色が見えにくくなると思って。それでも僕の強みは頭で考えたものを自分の手で作れることなので、両方をやって世界一の帽子デザイナーを目指したいです」

日爪さんのアトリエにて。

具体的なデッサンは描かない。絵はざっくりとしたイメージと方向性を記録するためだけのもの。

木型職人さんに渡すチップ(帽子の型)はフリーハンドで作る。

たわしや金づちも帽子を作る道具。

帽子の型紙。

積み上げられた箱には、生地やグログランなどの材料が入っている。


「作る人と受け取る人の気持ちが大切」

日爪さんの帽子作りのコンセプトは「オブジェと帽子の融合」。ダイナミックな形の中に光る繊細なディテール、意表をつく素材や独自のテクニックを取り入れたデザインが見る者を惹きつける。

「日本の着物や鎧は身につけるものですが、着ない時は飾っておくなど、モノという概念を超えてアート作品としての付加価値を持っています。すぐに飽きられて捨てられることはありません。それこそが自分がやるべきことだと思いました。自分の命を削って作っているので、長く残るものであって欲しい。結局、作る人と受け取る人の気持ちが大切だと思うんです。作り手が丹精込めて作り、受け手が丁寧に扱えば、次の世代にも渡せます。消費することで満たされてきたファッション界は、次の時代のモノ作りのあり方にリアルに向き合っていくべきですが、これもサステイナブルだと思うんですよね」

2019年に立ち上げた「HIZUME」2021年秋冬コレクションより。写真左:フェイクファーや不要になったぬいぐるみを使った奇想天外なハット。右:尖ったシェイプが独創的なバイコーンハット。©HIZUME

「HIZUME」2022年春夏コレクションより。写真上:デッドストックの芯地で作ったスカーフ付きハット。中:サンバイザー付きの山高帽。下:ユニークなシルエットのハットはプラスチックボトルや古いデニムを再利用。©HIZUME


「フランスに来て、たくさんの方々が助けてくれました。いつかこの国に恩返しがしたいですね。M.O.F.の授章式では、マクロン大統領の『培ったノウハウや技術をあなただけのものにするのではなく、後世に残す使命を持ってやってくれ』というスピーチが僕の心に響きました。そのとおりだなと。僕も色々なことを伝えていきたい。そして最後はこの国に骨を埋めようと思っています」
その言葉から日爪さんの覚悟がにじみ出る。

日爪さんには壮大な夢がある。それは全人類に帽子を被せること。自身の会社にも “人類・帽子・計画” の頭文字をとって「JBK」と名付けた。

日爪ノブキ(ひづめ・のぶき)
帽子デザイナー。2004年に文化服装学院アパレルデザイン科を卒業。イタリアに渡り、コレクションを発表する。帰国後、国内外の舞台やミュージシャンの帽子・ヘッドピースを制作し、同時にアーティスト活動として「NOBUKI HIZUME」を展開。2009年よりフランスに拠点を移し、数々のグランメゾンのパリコレクション用の帽子を手がけている。2018年には会社「JBK」を設立。翌年5月にフランス国家最優秀職人章を取得し、同年、帽子ブランド「HIZUME」をスタート。

HIZUME 公式サイト ←こちらで日爪さんの作品を購入できます!
NOBUKI HIZUME 公式サイト
HIZUME 公式インスタグラム



Photographs:濱 千恵子 Chieko Hama
Text:水戸真理子 Mariko Mito(B.P.B. Paris)

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