デザイナーインタビュー「TANAKA」
デビューコレクションを終えて思うこと

2023.05.23

次の100年を紡ぐ服。TANAKAのデザイナータナカ サヨリと、クリエイティブディレクターのクボシタ アキラ。ニューヨークの溌溂とした大胆なイメージに、日本の繊細な美しさや儚さがミックスされた服からは、今までにないメッセージが伝わってくる。東京でのデビューコレクションを終えて、一息ついたタイミングでクリエーションについて伺った。

東京で発表した初めてのランウェイ

―今回がデビューコレクションですね。

タナカ サヨリ(以下タナカ) プレゼンテーションは過去にニューヨークで2回ほどやる機会がありましたが、ランウェイとしては初めてです。

―感想はいかがですか?

タナカ 楽しかったです!そして伝えることの大切さを再認識しました。

クボシタ アキラ(以下クボシタ)直前までドタバタだったんですが、次の方向を考えるいい機会になりました。

―お客さん反応はどのように届いていますか?

タナカ 「TOKYO FASHION AWARD」(東京を拠点とするファッションデザイナーが、世界をフィールドに飛躍・ビジネスを拡大するためのサポートを目的としたアワード)をいただいたということも大きなサポートとなり、ポジティブな反応が多かったです。良かったというコメントは素直に受け止めています。自分たちはバックステージにいたのでその瞬間はどんなショーになっているかわからなかったのですが。

クボシタ リハの最中も着替えが終わらずどうしようかと思ったけど、最終的には何とかなりましたね。

―少し頑張って着てみた日常の服で、モード感も備わったわくわくするコレクションでした。

タナカ そうおっしゃってくださる方も多くいたし、感動して泣いたと言ってくださる方もいました。ショーが出来るまでには、かなり沢山のことをつめてきたのですが、そこへ演出やスタイリングなど、プラスアルファのプロフェッショナルの方のワークや熱意が追加され、私たちがこれまで伝えてきた表現したことの集大成になったのかなと。一緒に創り上げてくれた方々やスタッフには感謝です。

―服だけでは伝わらなかったことが、ランウェイをすることで120%伝わったのかなと思いました。

クボシタ TANAKAのアイテムは、一点一点を見るとわりとベーシックなので、そこで判断されることが多いんですけれど、それだけではないものを伝えたいという思いがありました。五感で感じるものにしたいということは、ショーをすると決めた当初からありました。

掛け算で生まれるクリエーション

タナカ 私は全く違うものを見せるつもりはなくて、「TANAKA」というブランドを、シーズンテーマを掲げながらどうやって表現したらより伝わるのかなと考えていました。クボシタさんの思いとは少し考えが違うかもしれないのですが。いつものTANAKAのイメージを強調した形で表現したつもりです。結果、皆さんにアテンションしてもらうことが出来ました。普段やっていることの延長線だと思っています。 “展示会と違ったね“という声もいただいたのですが、違うものというよりは、ショーやショーに関わってくださった皆さんの力を借りて、TANAKAの世界観をより強調したという方が正解ですかね。

クボシタ 我々はいつも意見が合うような合わないような。こんな感じなんです(笑)。でも不思議と最終的には同じところに着地しています。

タナカ 思考回路が違うけれど最終的には合致しています。

―ゴールに向かって、二人の違う意見でより良いものを目指すという作業が素敵ですね。

クボシタ 掛け算になると思います。

―今回のコレクションで印象的だったのは、スタジャン一つとっても普段の着方とショーの着方が違って、そこが見ていて楽しい部分でした。

タナカ 普段トライしていないようなことが出来るんじゃないかと。それもいつもの延長線上で。それをうまく表現してくれそうだなと思ったのがスタイリストの山口翔太朗さんでした。スタイリングでTANAKAの世界観の延長線上にありながら、いつものTANAKAとはイメージの違う表現をしてくれる人がいいかなと思っていたので。

クボシタ 単品で服をみせたら、見ている人は自分の経験値のなかで想像すると思うんですけど、そうじゃないものを提案したかったんです。TANAKAの服を見たことがある人が想像しなかったものを。そしてそれ以上のものを。まさかスタジャン一枚でとは思わなかったでしょうね。“ニューヨークにいるようでいないような人“ということもテーマでした。

タナカ そういう人がいてもいいよねって会話をしながら作っていきました。他にもビッグサイズのダウンジャケットを一枚でドレスっぽく着たり。

東京からニューヨークへ。ユニクロで経験したこともステップアップに

―そもそもデザイナーを目指したのはどのようなことからですか?

タナカ 私は新潟県生まれで、父は新潟県の十日町という着物の産地で着物のテキスタイルのデザイナーをしていました。父はその後、洋画家に転向。祖父は日本庭園を造る庭師だったりと、幼い頃から美しいものや、アートにまつわるものに囲まれて育ちました。ファッションに興味を持ったり、衣服をデザインするなど、何かを創ることを生業にすることはごく自然だったように思います。
その後東京モード学園ファッションデザイン学科卒業後、運良く東京でヨウジヤマモトの企画部に入社しました。企画に携わりパリコレも経験させていただき、私のものづくりの基本がそこで出来たと思っています。その後は縁あってユニクロで勤務することになり、最終的にはウィメンズデザイン部署のチーフに。外部のデザイナーの方とコラボレーションする部署を経てデニムデザイナーも担当していました。その当時いつもデニムをはいていたから“デニムやってみなよ”と言われ、今ご一緒しているデニム業界のかたたちと知り合いました。上海とニューヨークのオフィスも経験しました。

―クボシタさんとはそこで一緒だったんですか?

クボシタ 僕は文化服装学院のスタイリスト科を出てユニクロに入りました。グラフィックデザイナーをやって、その後カットソーを担当、最終的には全体を見るポジションになりました。ニューヨークに赴任していた時、タナカはレディースのデザインディレクターのポジションで、僕はメンズ。タナカがユニクロをやめてブランドを立ち上げときは、陰ながら応援していたんですが、その後、僕もやめることになりサポートすることになりました。

タナカ 前職は規模の大きな会社でしたがクボシタさんは、その中で組織に流されず、自分の価値観をもって自分の考えをちゃんと発信できる数少ない同僚だったかな。とくにデザイナーとしては、沢山のお客さんのニーズを一番に考えることが仕事なので、並大抵のプレッシャーではなかったことを覚えています。

クボシタ 良いものはいいし、悪いものは悪い。それをちゃんと言えないのは良くないと思っているので。

クリエーションはニューヨークで、生産のコントロールは東京で

―現在タナカさんはニューヨークで、クボシタさんが日本ですね。うまく連携はできていますか?

タナカ デザインするときは、できれば環境を変えて、インスピレーションを得られる場所、いい状態でアウトプットが出来るところに身を置きたいというのがあって、そのためにニューヨークベースにしています。生産やものづくりなど、遠隔で出来ることと現場でコミットできることをうまく使い分けています。

クボシタ 昔は電話しかなかったけど今はオンラインで簡単につながりますからね。

―生産はすべて日本ですか?

クボシタ デニムは日本をメインにしています。買えない値段のものは作りたくないので、これなら買ってもらえるかなというところで収まるように生産の背景をコントロールしています。それはやっぱりユニクロでの学びかもしれないですね。同じものでも生産国がちがうだけで、値段のマルがひとつ違う。それは理解できないです。デニムの生地はなるべく国内で縫って洗います。ダウンやシルクなどは原料がいいものをみつけて、生産国に近い、例えばシルク製品は中国などでコントロールしています。

タナカ 生地については、私は日本の生地屋さんや工場が醸し出す雰囲気が好きで、そこにはこだわっています。美しく、理路整然としている感じ。ラフなアイテムと捉えられがちなデニムもきちんと縫って、仕上げが綺麗。そんな日本のデニムの雰囲気がブランドの“色”になっているかもしれません。

ブランド名に込めた思い

―TANAKAというブランド名をつけた理由は?

タナカ “田中”という名前は日本でも多い苗字。日本を代表すると言ってもいい名前で、見た時に日本を感じてくれるのではないかと思いました。そして、両親や先祖のレガシーを今後の100年に引き継ぎたいという思いと、リスペクトも込めています。

―コンセプトとして今後も貫いていきたいことはありますか?

タナカ 今までの100年とこれからの100年を紡ぐということですね。ヴィンテージとか昔のユニフォームを現代的にアップデートしていくことは、これからも続けていきたいのですが、今後はそれに加えて、100年続く原型がない服や発明品のような衣服を作っていくチャレンジをしたいと思っています。

クボシタ タナカはブランドを立ち上げるときに、デニムを作ったリーバイスやTシャツで有名なヘインズみたいに、アパレル史の中に残るようなアイテムを作るブランドにしたいと言っていました。今も存在して今後も残るもの。それに共感して僕はジョインすることになりました。デザインをそう変えることなくずっと続いていくものってあると思うんですけど、そういうものを生み出したいとタナカは思っているんです。新しいものがその瞬間だけじゃなく、新しい価値観を生み出すように。

デニムを手がけたのは必然

―タナカさんのデニムのこだわりはどのようなところから?

タナカ デニムのブランドを作ると思っていたわけではないのですが、ファッションを意識するようになったころからデニムを愛用していました。だから自然に軸になったんだと思います。加えて、何かの意図として作られているワーキングウェアとしてのデニムや、着古されたヴィンテージウェアにリスペクトがあります。

―ショー会場にはデニムの原綿のブロックがありましたね。

タナカ TANAKAのデニム生地を追ってくれているカイハラデニムの工場を見学したとき、アメリカやブラジルから取り寄せた原綿のブロックが工場内にドーンとありました。私たちはそのコットンにリサイクルコットンをまぜて織ってもらっています。そのものづくりのストーリーもショーの一部として感じてほしかったんです。

―ショーのステージも通常のランウェイとは違っていましたね。

クボシタ ニューヨークの街をイメージしました。

タナカ 演出家の若槻善雄さんからアイディアをいただいて、ランウェイを碁盤の目のようにして、まわりに席を配置して一度にお客さんから見えるように、少しカオティックにしました。その分モデルも多くキャスティングしました。

服をキャンバスに。好きなアーティストとのコラボレーション

―グラフィカルなプリントも印象的でしたが、オリジナルですか?

クボシタ ニューヨークの男性二人組アーティストデュオFAILE(フェイル)にオファーしました。ストリートアートを中心に作品づくりをするアーティストです。僕がニューヨークに赴任しているときに、彼らのシルクスクリーンの作品をコレクションしていたんです。服を一つのキャンバスととらえた時に、いちばん好きな彼らにアートを描いてもらいたいなと考えました。

タナカ 同じニューヨークベースとはいえ、何の繋がりもなかったんです。ダメもとで直接メールをしたら快く引き受けてくれました。今回のTANAKAの2023秋冬コレクションのテーマを “TO LIVE”と掲げているので、「生き抜く強さ」や「生きるうえでの儚さ」を表現したかったんです。FAILEの作品はポジティブでリアル。このコレクションに本当にフィットしました。

クボシタ 彼らの作風はアメリカの大衆文化、いわゆるアメコミタッチをアイコニックにしていて、シルクスクリーンやコラージュをメインとした様々な手法で作品を発表しています。今回のコラボレーションでは、その作品を作るときに偶然出来た、予期しないアートワークもパターンとして使っています。例えばスプレーやプリントで作業しているときに、はみ出したり、染み出したペイントの色々な要素のレイヤーとか。制作過程と最終的にアウトプットしたものを一つのストーリーとして表現したかったんです。

―服には小さな剃刀のモチーフがついていますがどのような意味が?

タナカ ヴィンテージショップでみつけたミリタリーのドッグタグからのインスピレーションです。素材がメタルなのでずっと残りますよね。TANAKAのフィロソフィーにも共鳴するなと思いました。100年後もずっと残る、そして残していきたいという思いを込めています。そして内に秘めたパンク魂もプラスして。

Photographs:Josui Yasuda (B.P.B.)

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