偏愛映画館 VOL.3『GUNDA/グンダ』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

映画『GUNDA/グンダ』より

 ドキュメンタリー映画が好事家のためのものでなく、一般にまで広がったのはいつ頃からだろうか。ここ10~20年ほどを考えてみると、マイケル・ムーアの名を知らしめた『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)や『スーパーサイズ・ミー』(’04年)、『不都合な真実』(’06年)といった社会派ドキュメンタリーから、寿司の名店「すきやばし次郎」の店主を追った『二郎は鮨の夢を見る』(’11年)や築地市場を題材にした『築地ワンダーランド』(’16年)といったフードドキュメンタリー、『WATARIDORI』(’01年)や『皇帝ペンギン』(’05年)、『ライフ いのちをつなぐ物語』(’11年)などのネイチャードキュメンタリー等々、様々なパターンの作品が日本でも話題を集めてきた。

 また、ドーピング問題を描いた『イカロス』(’17年)やアメリカの人種差別問題に切り込んだ『私はあなたのニグロではない』(’16年)等々、質の高いドキュメンタリーがNetflixやAmazonプライム・ビデオなどの動画配信サービスで容易に観られる環境が整ったことも大きいだろう。何の気なしにドキュメンタリーというジャンルにチャレンジし、そこから“沼”にハマった映画好きも少なくないはずだ。

 「ドキュメンタリーだから観ない」なんて言葉が死語となった昨今、また新たな面白さに触れられる作品に出合った。今回紹介する『GUNDA/グンダ』だ。本作は、とある農場に暮らす動物たちを追ったドキュメンタリー。しかもモノクロ映像で、音楽もナレーションもない。ただただ、農場の日常を映し出しているだけだ。それだけ聞くと、冒頭にタイトルを挙げた作品群に比べて、地味で“普通”に思えることだろう。だが、この作品には“普通じゃない”点がいくつもある。

映画『GUNDA/グンダ』より

 まずは、“人”の部分。本作にほれ込んだホアキン・フェニックス『her/世界でひとつの彼女』『ジョーカー』ほか)がエグゼクティブ・プロデューサーに名乗りを上げたこともそうだが、『ROMA/ローマ』(’18年)のアルフォンソ・キュアロン監督『ミッドサマー』(’19年)のアリ・アスター監督、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(’07年)や『ファントム・スレッド』(’17年)のポール・トーマス・アンダーソン監督といった錚々たるクリエイターたちが絶賛評を寄せ、虜になるという“現象”が生まれている。

 もちろん、名監督たちが推していても観る者との感性は別だろうから、ハマらない作品である可能性はある。ただ、映画のプロたちが心を掴まれた“オーラ”が宿った作品であるということは、事実として受け止められるはずだ。

 そしてもう一点。本作の米国における配給会社がNEONであるということ。『ムーンライト』(’16年、バリー・ジェンキンス監督)や『ミッドサマー』(’19年、アリ・アスター監督)などのA24は日本でも有名だが、2017年に設立されたばかりのNEONもまた、強力な存在だ。『パラサイト 半地下の家族』『燃ゆる女の肖像』(ともに’19年)といった傑作の米国配給を手掛け、2021年の第74回カンヌ国際映画祭の受賞作を多数買い付けるなど、今後日本においてもますますその名を轟かせていくだろう。これもまた、“目利き”のお眼鏡にかなった、という意味で作品の質を保証するものといえる。

『GUNDA/グンダ』より

 しかし、どれだけその道の玄人が絶賛していたとして、「百聞は一見に如かず」なのもまた事実。そこでまず、予告編をご覧いただきたい。本作においては、特殊なタイプ(音楽・ナレーションなしのモノクロ映像)のドキュメンタリーであるため、2分弱の予告編からも全体の雰囲気が十二分に伝わってくるはず。そしてきっと、一見するだけでそのオーラの一端に触れ、驚かされることだろう。そう、この映画は”映像美”が突き抜けているのだ。

映画『GUNDA/グンダ』予告編

 映像美にも色々な種類があり、カラフルであるとか作り込みが凄いとか構造が秀逸とか、映え/エモい=ドラマ性が高い等々千差万別だが、『GUNDA/グンダ』においては白と黒のコントラスト、さらにいえば画面内における濃淡の深度がずば抜けている。たとえば1カットごとに一時停止してみても、一流の木炭画を前にしたときのような畏怖に近い感覚に襲われることだろう。ナレーションや色彩、音楽といった様々な情報を削ぎ落した結果、逆説的に立ち現れるモチーフの根源的な強さ。豚や鶏といった生命がただただその瞬間「生きている」奇跡が、画として伝わってくるのだ。

映画『GUNDA/グンダ』より

 もちろん、神がかった配置や構図の妙、触感さえ感じられるような光の切り取り方、その場の微細な音も録り逃さない音響設計など、テクニカルな面から見た超絶技巧には驚嘆させられっぱなしなのだが、最も大きいのは「一目観ただけで、納得させられてしまう」感情の部分にあるように思う。農場の日常風景を淡々と映した映像を観ることで、秘境に辿り着いたかのごとき感慨とショックが全身を駆け巡る。こんな映像体験があるのかと、僕はただただ放心してしまった。映画館で、その力強くも静謐な映像世界に浸ってほしい。

映画『GUNDA/グンダ』より

『GUNDA/グンダ』
ある農場で暮らす、母ブタのGUNDA。生まれたばかりの子ブタ達が必死に立ち上がり乳を求めている。また、ニワトリは一本足で力強く地面を踏みしめ、ウシの群れは大地を駆け抜けている。立体音響で動物達の世界を覗き見るこの映画には、ナレーションや人工の音楽は一切なく、あるのは、研ぎ澄まされたモノクローム映像のみ。しかし、驚異的なカメラワークによって生命の鼓動は捉えられ、そこで生きる生き物達の息吹を映し出す。国内外で100以上の映画賞を受賞し、”最も革新的なドキュメンタリー作家”と称されるヴィクトル・コサコフスキー監督の傑作ドキュメンタリー。

ヴィクトル・コサコフスキー監督。12月10日(金)より「ヒューマントラストシネマ渋谷」、「新宿シネマカリテ」ほか全国順次公開。ビターズ・エンド配給。© 2020 Sant & Usant Productions. All rights reserved.

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