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映画『ちょっと思い出しただけ』公開目前!
映画監督・松居大悟×俳優・池松壮亮対談。
何でもない日々と、個人の切実な生を映し出す先に

「ナイトオンザプラネット」という曲から、尾崎君の覚悟を感じた(松居)

――さっき、池松さんが「東京の話にしよう」と主張したという話が今聞いていてとても面白く感じたんですけど、色んなミュージシャンが、地方から上京して、もう、地元には戻らないと決意した瞬間の感情の冷凍保存なのか、「東京」っていう曲を作っているじゃないですか。有名なところだけでも、くるりの「東京」とか、雨のパレードの「東京」とかいろいろあるんですけど。

松居 結構、いい曲がありますよね。

――多いですよね。80曲以上あるそうですけど、東京育ちの尾崎世界観さんは「東京」じゃなく「ナイトオンザプラネット」としたんだなと思って面白かったです。おふたりは、あの曲からどういうものを受け取りましたか?

松居 尾崎君から最初の音源が僕に届いたのは2020年の春でしたが、そのときは「unbelievable(仮)」っていうタイトルだったんです。でも、映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』について歌っていて、その後、タイトルも「ナイトオンザプラネット」にすると聞いたとき、尾崎君のある種の覚悟を感じましたね。それこそ、以前であれば『ハチミツとクローバー』(※羽海野チカの漫画)をもじって「蜂蜜と風呂場」というひねり方をしていたのが、ある種の照れを捨て、覚悟を持って、自分のバンド名に由来する映画をそのままタイトルにした。それで、自分も照れてる場合じゃないぞと思ったんです。背中を叩かれた気がしました。

――尾崎さんから託された曲から発想を得た映画ですけど、『ちょっと思い出しただけ』では、重要な舞台として高円寺の「座・高円寺」とか、高円寺商店街とか、演劇人のゆかりのある空間がいっぱい出てきます。照生はダンサーを断念し、照明マンをしている設定ですが、緊急事態宣言中に苦しい思いをした人々の中には演劇人がいます。あの時ほど、芸術はみんなに求められていないのかなと悔しい思いをしたことはなかったのですが、本作は、演劇人でもある松居監督からそういう表現者たちに向けた応援の映画でもありますよね?

松居 コロナ禍における演劇の上演はリスクしかないし、開演のときを迎えるまで本当に緊張するものです。また、他の劇団の舞台を見に行くと、主宰の人がボロボロ泣いていたりもして。客席は半分空けなくてはいけないから、最初から演劇興行として成立していないしんどさもある。でも、来た人はすごく必死に一席空けて見てくれていて。それでも芝居をやるんだよっていう敗北の向こうを信じた覚悟を描きたくて、ロケ地に「座・高円寺」を選びました。余談ですが、「座・高円寺」では客席の半分の空席が目立たないように人形を作って置いていて、それもすごくいい。無駄な労力と思われるかもしれないけれど、無駄なことなんてなくて、演じる側からすると、黒い背もたれの空席が目立つよりも、そこに人形があるほうがいいんです。

――池松さんが演じた照生はダンサーだった設定で、今作で身体能力の高さを表現されていて驚きました。松居さんは、池松さんが踊れることをご存じだったんですか?

松居 運動神経がいいのはわかっていましたけど、踊れるかどうかはわからなかったです。でも、『君が君で君だ』でも踊っているから(笑)。

――ですが、全然質が違うかなと(笑)。

松居 そうですね(笑)。今回、コンテンポラリーダンスにしようとしたことがすごくよかったなと思っています。ジャズダンスやヒップホップのように、“そうあるべき”という型やルールが少ないコンテンポラリーダンスは、役者としての表現と通じるものがあるんです。それは、池松君からの提案なんですよ。

池松 僕というよりも今回振り付け師として参加して下さった皆川まゆむさんがコンテンポラリーに通じているかただったからだと思います。世界を相手に表現されているかたで、シーンや情感を感じ取って見事に各シーンの振り付けを組み立てて下さいました。そういうかたがこの映画に入ってくれたので、何とか誤魔化し誤魔化し、踊ることが出来た……と思います。

松居 池松君は一週間以上延々と踊っていたよね。河合優実さんは元々踊れる方なので、1~2日の練習で習得していました。

池松 もう少しやりましたけど、短いですよね、初めてなのに(笑)。2、3ヶ月は欲しかったですね、やるって言わなければよかったと練習中に何回思ったことか。お願いして、踊りのシーンではカメラに離れていてもらいました(笑)。

――この映画、池松さん演じる照生と、伊藤さん演じる葉のやりとりの”間”もとても素敵ですよね。

松居 伊藤さんといつも話していたのは、葉は好きだからタクシーの運転手をしているということ。葉にとっては、誰かを乗せて運転していることが大切なことで、人と話すことが好き。でも、人付き合いがそんなに得意なわけでもなく、一人でいるのも好きだったりする。だから葉はタクシードライバーをしている、ということに説得力が出たらいいなと思っていました。照生にいたっては、池松君に僕は何にも話していないですね。

――それぞれのその瞬間の感情を大切にすくい取るような撮影手法だったんですね?

池松 松居さんはそういう、場において人と人や集団から起こる波を作品に閉じ込めてくれるかたなので、こちらも毎テイク違うことを試すようにしています。

――葉と照生が出会ったその日に高円寺商店街を歩いていて、尾崎さん演じるストリートミュージシャンの音楽に合わせて踊り出す場面がとても多幸感あふれるもので、長回しの素敵な場面になっています。あの場面はどのように撮られたのでしょうか?

松居 あの場面で一番難しかったのは、尾崎君の歌のサビのところで、葉と照生のふたりが踊り出すムードになるというタイミング合わせ。でも、今回の映画は、出来る限り全てを大変じゃないように見せたかったんです。ジム・ジャームッシュの映画には、見た人に自分でも撮れるんじゃないかと思わせるようなところがあるのですが、『ちょっと思い出しただけ』も、そんな風に思ってほしくて。なので、葉のタクシーの牽引(※俳優が運転しているように見せるため、別の車が、撮影用の車を牽引する撮影手法の意味)も本当はめっちゃ大変だったんですけど、大変じゃなく見えるように意識して撮っていました。

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