【From パリ支局】日本でも人気、トワル・ド・ジュイとは?

--文化出版局パリ支局より、イベントや展覧会、ショップなど、パリで日々見つけたものを発信。

フランス語で「ジュイの布」を意味するトワル・ド・ジュイは、牧歌的な田園風景や可憐な花々のプリントが印象的なコットンの生地。起源は18世紀にさかのぼり、今日でもインテリアから最先端のファッションまでと、幅広く取り入れられています。

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トワル・ド・ジュイ博物館の展示より。


その歴史を伝えるトワル・ド・ジュイ博物館がヴェルサイユ近郊の小さな村、ジュイ=アン=ジョザスにあります。ジュイの布の発祥地であるこの村の高台に立つ館が博物館です。以前にも何度か取材で訪れたことがありますが、このほど常設展がリニューアルされたので行ってきました。

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博物館の最寄りの駅は、周りに何もない無人駅。


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トワル・ド・ジュイ博物館。色とりどりの長方形の花壇は、染めた生地を天日干しした昔の風景がイメージされている。


トワル・ド・ジュイのルーツは文様染めを施したインドの木綿。遠い異国のインドの布がヨーロッパに広められたのは17世紀のことでした。それまで、生地の絵柄は刺繍や織りで表現されていたので、扱いやすく美しい模様に彩られた綿布は "アンディエンヌ(インドの布)"と呼ばれ、人々に珍重されたのです。やがてヨーロッパ各地でも同じ製法の布が作られるようになりますが、フランスではあまりにもブームとなったため、絹や羊毛の織物産業がおびやかされる事態に。そのため70年以上もの間、輸入も製造も使用することさえも禁止されていたのです。

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最初の展示は18世紀のインド製の布。左はインドの国内用、右はヨーロッパ市場に向けて作られたもので、輸出先の趣向に合わせたデザインが採用されていた。


禁止令が解かれたのは1759年。翌年、ジュイの村にドイツ人のプリント技師であるクリストフ=フィリップ•オーベルカンプがプリント工場を設立します。宮廷に近く、染色に欠かせない水に恵まれたこの地は、オーベルカンプにとっての理想郷でした。アンディエンヌは宮廷の婦人たちをも虜にし、ルイ15世の公妾だったポンパドゥール夫人は室内装飾やドレスのために、禁止令下であっても手に入れていたそうです。マリー•アントワネットは夫のルイ16世と共にオーベルカンプの工場を訪れたこともあり、ジュイのドレスはフォーマルな場面では着用できなかったものの、プライベートの時間に愛用したといいます。

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アンディエンヌのドレスを着たポンパドゥール夫人の肖像画。ルイ15世の寵愛を受け、政治さえも牛耳ったといわれる彼女は、東インド会社に直接オーダーし、アンディエンヌを密輸していたそう。1763年 François-Hubert Drouais作 La marquise de Pompadour en manchon(複製)


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1785年にはフランス国内に約110軒のアンディエンヌの工房が存在した。写真は生産地の分布図で、赤い印がジュイ。オーベルカンプは起業家の資質もあり、全盛期には1300人以上を雇用していた。


ジュイ布の魅力は良質のプリントとその多彩なモチーフにあるでしょう。エキゾチックな柄やロココ調の洗練された草花、寓話や実際に起こった珍事を描いたものもあり、パターンの数は3万種以上。羊飼いや動物の絵で知られるジャン=バティスト•ユエなど、優れたアーティストも起用し、独自性の高いプリントを次々と送り出していきました。質の向上と技術革新に情熱を傾け、モチーフの構図一つにもこだわったというオーベルカンプは、こうしてフランスで最も名を馳せるプリント生地の一大拠点を作り上げたのです。

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18世紀後半から19世紀初頭にかけ、オーベルカンプの工場で作られたトワル・ド・ジュイ。下2つは、ジャン=バティスト•ユエのデザインで、ほのぼのとした情景が広がる。


彼の死後、工場は親族に委ねられますが、時代と共に産業は衰退。1843年に閉鎖を余儀なくされます。しかし、版やモチーフは後世に受け継がれ、"トワル・ド・ジュイ"の名は同じエスプリの生地の代名詞として広く使われるようになりました。そして今やレジェンドとなったジュイの布は、私たちを魅了し続けているのです。


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オーベルカンプの工場で初期に使われていた木版。


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銅版が使われるようになり、単色による繊細なグラデーションが可能になった。写真は、ボルドーの工場で使われていた銅版(1973年)と版を作る道具。


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銅版でプリントされたトワル・ド・ジュイ。1770年代から1780年代までに作られたもの。


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シリンダー(筒状の版)の導入により、生産速度が向上。1日に5000mもの布をプリントできたそう。


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フラワーモチーフのトワル・ド・ジュイが展示されるコーナー。バリエーションに富む華やかなプリントにうっとり。


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写真左:オーベルカンプのジャケットと、彼の家族が所有したカラコ(婦人用の短い上着)。右:オーベルカンプの妻のドレス(1787年頃)。当時のファッションリーダーだった王妃マリー・アントワネットが、窮屈な宮廷生活から逃れて白いコットンのドレスを好んで着ていたことから、同スタイルのドレスが大流行となった。


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トワル・ド・ジュイからインスパイアされた現代のクリエイション。写真上:クロエ2019−20年秋冬のドレスとシューズ。下:ジャンポール・ゴルティエのカラフルでユニークなテキスタイル。


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写真上:オーベルカンプの家のサロンの再現。実際に使われていた家具などもあり、ブルジョワジーの裕福な暮らしを垣間見ることができる。下:サロンの一角にはオーベルカンプの肖像画も。


公式サイト:https://www.museedelatoiledejouy.fr/


Photographs:濱 千恵子 Chieko HAMA
Text:水戸真理子 Mariko Mito(B.P.B. Paris)

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