2015-'16 A/W TOKYO COLLECTION REPORT ファッションはこれでいいの?

mbfwt150824.jpg text : Mariko Nishitani / 西谷真理子

3月のファッションウィークからすでに半年近く経ってしまったが、秋冬シーズンを前に、東京ファッションウィーク中のショー形式の発表だけでなく、展示会形式の発表も含めて東京の秋冬のファッションを総括してみたい。その前に、まずは、このトピックから。

毎シーズンパリで開かれる、リー・エーデルコート女史率いる「Trend Union」主催のトレンド予測セミナー、その日本版(2016-'17秋冬)が5月に東京で開催された。ファッションの流行分析だけでなく、気象や自然環境、政治、経済、文化、国際関係などの現状や動きを多角的にリサーチして、来る年のトレンドを予測するわけだけど、ほぼ出そろった東京のコレクション(2015-'16秋冬)を思い返しながら聴いていた。

いつもなら、説得力のある美しいイメージビジュアルを駆使して、これから展開するファッションの未来について活気のあるスピーチを行うエーデルコートさんが、開口一番、「今回は、イメージは使わず、考えて、ディスカッションする場にしたいと思います」と言ったのには驚いたが、パンフレットをよく見ると今回のテーマは「ANTI_FASHION」だ。
いわく、「新しさには消費者たちの購買意欲を刺激する魔力はもはや存在しません。流行よりは、サスティナブルさが支持される時代において、ファッションを取り巻く環境は時代遅れになってしまいました。そういう中で、21世紀のファッション教育は、共育、共働、共に新しいものを作ることに向かうべきであって、決してキャットウォークが最終形ではないと思います。そうでないと、ファッションは時代遅れの代物になってしまいます。いまやファッションは、人々の新しいライフスタイルと関係を持てないでいるように見えませんか。ファッションを考えるとき、マーケティング、広告、アクセサリー、化粧品などの自足した世界で考えてしまいますが、そこにファッションは実は不在なのです。
さらに、問題があります。それは、みなさん、素材=テキスタイルの知識がなさすぎですね。プレスやジャーナリストの人たちもそうです。それから、ファストファッションの普及で出てきた問題が、低価格を追求するあまり、実は過酷な労働条件を強いているということ、そして、もうひとつ、服を大切にする価値観が失われつつあるということです。これも、教育の問題と関係しています。かつてファッションというのは新しい人間を創造するものだったのに、'90年代以降、トレンドは過去の繰り返しばかりです。パリコレクションで、平均14分、35体のアイディアを見せるために、35万ユーロのお金をかけて、同じような歩き方で、同じように不機嫌な顔をしたモデルを舞台に乗せる、エディターたちは誰もショーを見ていなくて、みんなiPadをいじっている......。もうこんなサーカスはやめませんか」とパリコレ批判が続き、
「また、批評の問題もあります。アートにもデザインにもクリティック(批評)があるでしょう。それが文化を育てると思うのです。でも、ファッションでは、『好き』しか書かない、ブロガーもいいことしか書かない。これではだめです!」と、ファッションへの痛烈な批判が続いた。

エーデルコートさんが言うには、新しい価値観を見せてくれるようなファッションは、率直に言って今のところないけれど、それなら、関心は「服」に向かうしかない、そして、服に関心が集中していくと、それはクチュールのリバイバルに至るのでは、というのが彼女の予想だ。クチュリエのパターンを元に、自分たちで服を作る時代がくるかもしれない、と。こういう分析をパリで行ったところ、出席者の95パーセントから好意的な反応があったそうだ。

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Keisuke Yoshida

これは、彼女の意見だが、東京コレクションを、そういう視点で再検討してみるとどうだろう。

私は東京のランウェイがつまらないとは全く思わない。でも今回印象に残ったのは、ランウェイで淡々と自分のスタイルを守って発表しているところよりも、ランウェイでしかできないことに挑戦しているブランドだった。
たとえば、初日に13年ぶりにショーを行ったタケオキクチ。ロンドンで開かれた「Return of the Rude Boy(ルードボーイ=不良をさすジャマイカのスラング)」展に想を得たショーで、ロンドンからやってきた本物のルードボーイたちがモデルに混じって登場し、音楽も演奏したりしたことで、活力のあるユニークなショーができあがった。モデルの存在感に一票!
それから、コレクション自体はまだまだ未熟だが、ショーのモデルのキャスティングに感心したのは、エスモード・ジャポンの卒業ショーの中のKeisuke Yoshida。落ちこぼれの中学生が主人公で、プロのモデルと自分の知り合いなどを混ぜてのキャスティングだったが、歩き方、音楽も含め、とても印象に残った。
もうひとつは、ファッションウィーク最終日のリトゥンアフターワーズのインスタレーション。様々な人種・国籍の子供とモデルたちが「ヒール・ザ・ワールド」を歌い、見ている方が服をチェックすることよりもっと大事なことに気づかされるショーだった。今回、招待されて取材に来ていたパリのセレクトショップ「コレット」のサラも、ファッションウィークの公式インタビューでこのショーに触れて、「服だけではないファッションが持つ自由さ、楽しさ、子供のような純粋さや無邪気さを見ることができ、思わず笑みがこぼれてしまいました。あのインスタレーションにはとても大切なことが詰まっていた」と語り、その後、実際にコレットのウィンドウを山縣良和に依頼したようである。

tokyo-mbfashionweek.com/jp/topics/interview/colette/

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また同じ最終日の夜のD.TT.Kの、全身白のスウェーデンの人気ヒップホップグループYung Lean率いるSad Boysをランウェイならぬステージに上げて、全編ライブで終始したという手法もこれまでにはなかったものだ。新作の服を見に来て、見たくもないバンドのライブで終わったのでは、中には腹をたてる人もいたに違いない。

というような今シーズンの新現象は、私には、ファッションにおいて、何かが変わろうとしていることの前兆のようにも見えた。ランウェイの可能性を押し広げたとも言える。新作コレクションを実直にデザインするだけでは、時代を動かせないことの不安あるいは焦りが、破格なスタイルに向かわせるのだろうか。

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amok

でも一方で、トレンドに引きずられずに、独自の世界観を持って服に向かい合っている若手デザイナーもいる。今シーズンの新顔を2ブランドご紹介したい。一つはアンリアレイジの元パターンナーの大嶋祐輝のamok(メンズのみ)。ワークウェアやミリタリーをベースに、"スクラッチ"が今回のテーマ。スクラッチによって、隠されていたものが顔を出す、それが裏布だったり、音楽家の顔だったりもするのだが、一種発掘のおもしろさにつながる意外性がポイントだ。手間のかかる作業に好んで向かうあたりは、前職の影響か。
もう一つは、座間なつみがデザインするNatsumi Zama。文化服装学院(2部)卒業後、LCF(ロンドンファッション大学)を卒業。2011年帰国して、ベルガモットという刺繍ブランドを立ち上げ、1年前(2014-'15秋冬)からNatsumi Zamaをスタートしたが、服を仕立てること自体を得意とするというだけに、シーズンのコンセプトと服の仕上がりの技術的なレベルが、非常にバランスが取れている。今回のテーマは「宇宙飛行士の休日」。宇宙服の立体感に興味を持ち、縫い目まで研究。タイトルがイメージを強調するためのものではなく、造形を裏付けるものであるところに注目したい。ミニマルだがカジュアルで終わらないコレクションに仕上がっていた。

デビュー間もない小規模のブランドほどコンセプチュアルにまとめることが可能だが、この2つはちょっと今後が楽しみだ。

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Natsumi Zama

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『装苑』2017年11月号、9月28日発売

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