【From パリ支局】「トゥールーズ=ロートレック、果敢な現代人」展

--文化出版局パリ支局より、イベントや展覧会、ショップなど、パリで日々見つけたものを発信。

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展覧会入り口

アンリ・マリー・レイモンド・ド・トゥールーズ=ロートレック=モンファ(1864年〜1091年)、この長い名前の持ち主は19世紀後半のフランス・ジャポニズム(日本趣味)を代表する画家。

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二重露光写真「トゥールズ氏がロートレック氏を描く」

南仏アルビの名門貴族の家に生まれ何不自由のない暮らしをしていましたが、ボヘミアン・アーティスト(伝統や習慣にこだわらない自由奔放な生活をする芸術家)となり、描き続けたのはパリの夜の歓楽街、モンマルトルに生きる芸人や娼婦たちの姿でした。ではなぜ敢えて人々から蔑視される人たちを描いたのでしょうか?

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「ストッキングを履く女」1894年

子供の頃は活発で父と共に馬に乗り、狩猟に親しみ、絵画にも早くから才能を示していたといいます。しかし、13歳のときに転んで左の大腿骨を、14歳のときには右の大腿骨を骨折してしまうのです。フランスの名門貴族には一般人との接触を嫌い、近親者同士で結婚することはよくあることで、彼の両親もいとこ同士。長年、近親婚を続けていた一族であったが故に、彼にはもともと遺伝的障害があり、骨折の後には脚の生育が止まってしまいます。しかし、胴体の発育だけは正常で、成人した時に脚は子供のまま、胴体から上は大人という容姿でした。生活が制限された彼は前にも増して絵に専念し、その才能を評価する人物が両親を説得し絵を本格的に学ぶことになります。

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「16歳の自画像」1880年

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左「馬に鞍をおく砲兵」1879年、右「ニース、英国人の散歩道の思い出」1880年

1882年にパリに移り住み、芸術家や知識人らが集まるモンマルトに居を構え、画塾に通いはじめます。

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「ゴッホの肖像画」1887年、同じ画塾で学んでいたゴッホ

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「カルメン・ゴーダン」1885年、赤毛の洗濯女カルメンはお気に入りのモデル

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描かれる多くが労働者階級の人々

当時のパリでは日本美術が注目を集めていて、ドガ、モネ、ゴッホなどの画家たちも日本美術の影響を大いに受けていました。ロートレックの作品にも大胆な構図、陰影の排除、自由な色使い、伸びやかでいて繊細な筆使いなど、浮世絵の影響が見られるようになっていきます。

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「輪」1893年

1889年、モンマルトルに開店したキャバレー「ムーラン・ルージュ」へ毎晩のように通い、踊り子を描くロートレック。
ある日、ムーラン・ルージュから店のポスターを依頼されます。普通の画家ならば断っていたでしょう。なぜなら当時はポスターを描くことは芸術家がやることではないと思われていたからです。ですがロートレックの答えはOui !(Yes)。ポスターはパリ中に3000枚も貼られ、たちまち評判になりました。このことがきっかけで彼は世間に広く認知されるのです。

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真ん中がムーラン・ルージュのポスター「ムーラン・ルージュのラ・グリュ」1891年

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別のキャバレーのポスター「シャンソン歌手アリスティード・ブリュアン」1893年、左から3色のカラーリトグラフの工程が見られる

モンマルトルのいくつものキャバレーの常連となり、そこに集う人々の空虚さ、孤独、彼らの真の姿を描き続けたロートレック。その目は事実を捉えながらも、描く対象を優しく見つめていました。

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「女道化師シャ・ユ・カオ」1895年

ある日、ロートレックにムーラン・ルージュで踊っていたラ・グリュから手紙が届きます。「私の踊る小屋ができます。何か描いていただけないかしら? どこでキャンパスを買ったら良いかも教えてね。それを持って伺いますから」と。ロートレックは喜んで2枚の看板を描いてプレゼントしたといいます。

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ラ・グリュのために描いた2枚の看板、左はムーラン・ルージュの全盛時代、右はエジプト人の舞姫に扮装したそれぞれのラ・グリュ、1895年

しかし、自由奔放な生活から次第にアルコールに蝕まれていき、売春婦依存症から梅毒にも感染していたロートレック。19世紀後半のパリの夜の世界を描いた画家は1901年、36歳という短い生涯を終えました。

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展示の様子

フランスでも25年ぶりとなるロートレックの大回顧展。世界中の美術館と個人が所有する約200点の作品と共に彼の人生を辿る、今秋注目の展覧会の一つです。

Toulouse-Lautrec Résolument moderne「トゥールーズ=ロートレック、果敢な現代人」展
期間:〜2020年1月27日まで
場所:グラン・パレ
(Grand Palais Galeries Nationales Entrée Square Jean Perrin)
住所:3, avenue du Général Eisenhower 75008 Paris
開館時間:10:00〜20:00(水、金、土は22:00まで)
休館日:火曜
入館料:15 ユーロ
TEL:+33 (0)1 44 13 17 17
WEB:www.grandpalais.fr/fr/evenement/toulouse-lautrec

Text&Photographs : 濱 千恵子(Chieko HAMA - B.P.B. Paris)


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