縷縷夢兎 ×『21世紀の女の子』展覧会ーー山戸結希 × 東佳苗 × 枝優花 × 神田恵介 「21世紀のクリエイターたちへ」 トークショーレポート

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構成・文:金原由佳
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.)

 
1980年代後半~90年代生まれの新進映画監督15人が、それぞれ8分の時間の中で、「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること」をテーマにオリジナルストーリーを紡いだオムニバス映画『21世紀の女の子』。現在、全国順次公開中で、各地で大きな反響を呼び起こしている。

『装苑』編集部の松丸千枝は、この企画の発案者でプロデューサー、そして映画監督としても本作に『離ればなれの花々へ』で参加している山戸結希のオファーを受け、衣装プロデュースを務めた。このプロジェクトには文化服装学院の卒業生で、ニットブランド「縷縷夢兎」のデザイナーである東佳苗が『アウト・オブ・ファッション(out of fashion)』の監督として、また同じく卒業生で「keisuke kanda」を主宰するデザイナー、神田恵介が『恋愛乾燥剤』に衣装デザイナーとして参加。
去る2019年2月12日(火)より22日(金)まで、文化学園内の「ファッションリソースセンター」で、東佳苗のこれまでの歩みを追った『縷縷夢兎×21世紀の女の子』展が開催された。関連企画として2月20日(水)に行なわれたトークショーを通して、現代の女の子の物語とその衣装が、どう作り上げられていったのかをお伝えしたい。

【トークショーパネリスト】
山戸結希監督 『21世紀の女の子』に企画・プロデュースの立場、監督作『離ればなれの花々へ』で参加
東佳苗監督 『21世紀の女の子』に脚本・監督・美術・衣装を手掛けた『アウト・オブ・ファッション(out of fashion)』で参加
枝優花監督 『21世紀の女の子』に脚本・監督を務めた『恋愛乾燥剤』で参加
神田恵介 ケイスケカンダデザイナー、BEAMS COUTUREクリエイティブディレクター。『21世紀の女の子』の枝監督作『恋愛乾燥剤』の衣装を手掛ける
司会 松丸千枝 装苑編集者 『21世紀の女の子』の衣装プロデュースを担当

『21世紀の女の子』誕生のきっかけ

山戸結希(以下、山戸) みなさん、こんにちは。今日は、矢沢あい先生の作品に描かれた聖地でもある、文化学園に足を踏み入れることができ、光栄です。映画『21世紀の女の子』は、15人の参加監督が「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること」をテーマに、オリジナルで8分間以内の作品を創り上げたオムニバス短篇集です。同世代による同じテーマの作品が連作的に写されるという、新鋭作家にとってはこれ以上なく負荷の高い創作過程を超えて、それぞれの作品に生命が灯された、118分が生まれました。この映画を観てくださったあなたが何を感じられたのかを、今語り合うだけで、新しい物語が生まれそうな予感がします。
『21世紀の女の子』と『装苑』との関わりは、編集部の松丸さんとの関わり合いの中から芽生えました。2018年、『装苑』4・5月合併号の特集「時代を創るクリエイターが今、伝えたいこととは。」内掲載の、「女の子が女の子を愛するということ」というページを創作する時間の中で、編集部の松丸さんに「お力をお借り出来ませんか?」とご相談した、大切な契機がありました。

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松丸千枝(以下、松丸) 『21世紀の女の子』は山戸さんの想いから始まった企画ですが、私は、最初に作品のコンセプトをうかがったときの衝撃が大きくて、あとはタイトルの言葉の引力もありました。その時衝撃だったのは、日本映画には男性監督よりも女性監督のほうが圧倒的に少ない現状があり、女性による女性の物語が少ないという話。というのもファッション業界にはバリバリ働いている女性が多いし、今は女性だからという理由で表現の場を制限されることも少ない。山戸監督の挑戦に、「デザイナーが大切に作っている服」によって力を与えられたらと思いました。東さんと枝さんは何故、この企画に参加されたいと思ったのでしょうか?

枝優花(以下、枝) 山戸さんからお声がけ頂いたとき、私は山戸さんと深い親交があったわけでありませんでした。なので、ある日、突然フェイスブックにメッセージをいただいたような形で。
正直に告白すると、私は当初、参加するかを悩みました。今、話が出たように、映画業界にいるとスタッフの9割5分は男性で、女性は私とヘアメイクさんだけという状況も少なくない。そんな中で女性がバカにされるというわけではないですが、バカでいたほうが生きやすいと感じることが多い世界であることは確かです。そんな状況下で、「女の子」というタイトルのプロジェクトに参加して、女の子であることを外に向かって意思表明することが少し怖かったんですね。
実際、参加することを発表した後、周りの男性監督やスタッフに、「女が寄ってたかって、何ができるんだ?」というニュアンスで面白がられるというか、「どんなものができるんだ?」という好奇な目で見られることが続きました。「ああ、こういう反応になるんだ」と感じたし、だったらやはり、参加することに意義があるなとも思いました。個人的には映画を作るのに男も女も関係ないとは思っているんですけど。
 
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枝優花さん

山戸 正直にお話しくださり、有り難うございます。ちなみにですが、私の周りの男性の映画スタッフさんや男性プロデューサーの方は、「この企画、最高だと思う。応援しています」とも、よくお声がけくださいました。当然のことですが、男性であっても、お互いに尊重し合える映画関係者もまた、沢山存在していることを強調しておきたいです。枝監督にお声掛けが叶ったのは、かなりギリギリな段階だったため、SNSでの初手となったのですが、どの段階でお声掛けしたかというのは全く関係なく、15名の監督皆さんが、私にとって、本当に第一希望の方でした。

 私は映画監督が本業ではないので、申し訳ないというか、他に参加したかった方はいたんじゃないかな...とずっと気になってました。

山戸 東監督は謙遜家でらっしゃるのですが、『21世紀の女の子』を思いついた時に、自然にそこにいらっしゃいました。『溺れるナイフ』のファーストシーンは、東監督の手掛ける「縷縷夢兎」を着た小松菜奈さんから始まることもそうでしたが、私にとって絶対的な方です。

『21世紀の女の子』衣装制作の舞台裏

 私は文化服装学院の出身ですけど、入学当初からケイスケカンダのオタクで、福岡から上京してすぐに展示会に行ったりと、ケイスケさんの作品を追いかけるようになりました。19歳の頃には悩みを相談しに行ったりしていましたね。この『21世紀の女の子』とプロジェクトの在り方に若干近いんですけれど、当時、"平成生まれの女子クリエイター限定"で10〜15人と集まって、「白昼夢」という合同展を開いたことがあったんです。一人一人がそれぞれ地道に頑張っていても、その活動が世の中に伝わっていくには時間がかかるので、合同にしたら見つけてもらえるかなと思って。その時に、今でもよく覚えているんですけれど、ケイスケさんに「次は君たちの時代だよ」って言ってもらったのがものすごく励みになったんです。

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東佳苗さん

山戸 その言葉を当時の東監督にそのまま伝えられてしまうケイスケさんのあり方が、凄くかっこいいですね。表現を始めたばかりの時に、憧れの方にかけてもらう言葉は、受け手にとっては普遍的に甚大なものだから。

 そうなんですよ。

カンダケイスケ(以下、カンダ) 「白昼夢」からの、佳苗ちゃんの躍進がすごかったですね。実は、佳苗ちゃんが「白昼夢」を企画したのと同じくらいの年齢の時に、僕にもそういう出会いがあったんです。僕にとってそれはスタイリストの大森伃佑子さん。あとは、当時の『装苑』の編集長だった関直子さんに、自分を肯定してもらう言葉をいただいて、「あ、この世界でやっていけるかも」と思った。自分が想うファッションの真ん中にいる女性たちから、肯定してもらえることで僕は頑張れたんです。

 次は、今、このトークショーの観客側にいる皆さんの番ってことですよね。

松丸 ケイスケさんには、枝優花監督による『恋愛乾燥剤』の衣装を手がけて頂きました。そして、山戸結希監督の『離ればなれの花々へ』の衣装も、ケイスケさんがディレクターをされているビームス クチュールで作って頂き、実は2作品で、お世話になっています。
  
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枝優花監督『恋愛乾燥剤』

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山戸結希監督『離ればなれの花々へ』

 影の立役者ですね。

松丸 多くの作品の衣装には、各ブランドが映画撮影時に発表していた2018-19秋冬コレクションをお借りする想定だったのですが、枝監督は初めから制服がいいとおっしゃっていたので、「制服のブランドってなんだろう?」と悩みました。このプロジェクトで衣装となるブランドを決めるにあたり、オーディション中に各監督へ2~30分のインタビューもさせて頂いていたのですが、その際に枝監督はクラシックな制服がいいとおっしゃって、お話を聞いているうちに、主人公の女の子の服にカンダさんの服が脳裏にちらつきだして。

 おしゃれで尖ったものよりも、できるだけみんなが入り込める衣服という意味で制服が良くて、そうしたら、オーディションの合間に松丸さんから「ケイスケカンダさんはどうでしょ」って囁かれたんです。私の小さな知識の中では、ケイスケカンダはレースのイメージだったのですが、でも、松丸さんが言うんだったら、たぶん、大丈夫なんだなと。

松丸 ちょうど同時期、ケイスケさんのほうでは「ミスiD」のプロデューサーである小林司さんから、枝さんのことを聞いていたとうかがっています。

カンダ はい。同じタイミングで、枝優花という名前を二人の信頼する編集者から聞いたので、これは出会う運命なんだって思ったんですね。

 先程山戸さんがおっしゃっていた『装苑』の「時代を作るクリエイターが今、伝えたいこととは。」の特集にケイスケさんも参加されていて、そこに書かれた文章を読んで、このかたは登場人物に寄り添える人だと、感じたんです。映像作品の場合、ファッションそのものが主体になるのではなくて、どれだけ作品にファッションが寄り添えるかの方が重要だったりします。ケイスケさんの文章には、一人の人をどれだけ思いやれるかということが書いてあったんです。

カンダ 岩井俊二監督の『花とアリス』について書いていたものですね。岩井監督は、僕が一番好きな監督です。

松丸 ケイスケさんが作った制服がどんなものだったかはぜひ劇場で見てほしいんですけど、ある仕掛けがあるんですね。『恋愛乾燥剤』はコップの水が主人公の女子高生の恋愛感情の高まりと呼応しているのですが、それと関係しています。

 そうですね。『恋愛乾燥剤』の主演は山田杏奈さんで当時17歳でした。先ほど、山戸さんがこのプロジェクトのテーマは「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだとき」と説明されましたけど、これが私には難しすぎて。「ゆらいだことあったっけ?」ってしばし、考え込んだんですけど......。「ゆらぐ」という題材がかなり自由に与えられていると思って、ならば、初めて人を好きになってつきあいたいと思い至ったとき、可愛い女の子になりたいなとか、どんな風にふるまったら可愛いと思われるかなと考え始める瞬間を山田杏奈さんに演じてもらえたら、と。いざ、好きな人とつきあってみたら、どうも想像していたのとは違う。「え?恋愛ってなんだ?」と頭でっかちになっていく女の子を視覚的に撮ろうと考えて、その頭でっかちになっていく過程を衣装でかなり手助けしてもらいました。

カンダ 主人公の高校生の制服は、枝監督と話していく中で、あえてセーラー服ではなくジャンパースカートにしました。日本の制服って、ジャンパースカートの比率が圧倒的に多いんです。これに本当にベーシックな白い丸衿ブラウスを組み合わせた衣装ですね。そして、そのジャンパースカートは、ヒロインの感情のゆらぎに合わせて、肩紐のリボンが増えたり減ったりする仕掛けにしました。彼女の感情がたかぶると肩紐のリボンが増え、収まると減る。それで肩紐のリボンの分量違いで、5着のジャンパースカートを作りました。

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1パターン目

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2パターン目

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3パターン目の前後ろ

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4パターン目の前後ろ

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5パターン目の前後ろ

 現場のスタッフがシーンごとに一生懸命、「ええと、次の場面はどのジャンパースカートですか?」と確認していました。

松丸 他の登場人物のスタイリングも全部、ケイスケさんがキャラクターに合わせて作ってくださいました。

カンダ 枝監督は、明確なビジョンを持ってすごくわかりやすい指示をくれるんです。良い意味でふわっとしていないんですよ。パシッと、ロジカルなんですね。

 私は衣装に関しては具体的かつテクニカルな指示は出来ないので、「この場面でこの子はこういう心情だから、衣装をお願いします!」という伝え方でした。映画作りは、各部署のスタッフがそれぞれの専門分野に対して知恵を出し合うことで「ああ、こうなるんだ」という面白さがあるんです。そうそう、ケイスケさんのショップに打ち合わせで伺ったとき、男性スタッフ陣が「こんなガーリーな場所に入ったことない」って、すごく緊張していたのが思い出深いです。

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松丸 山戸監督の『離ればなれの花々へ』の衣装は、ビームス クチュールのアトリエで作られたもので、3人の女の子が着る赤、黄色、ブルーのドレスがとても印象深いものです。この衣装が完成するまでの期間、デザイナーの水上路美さんと山戸監督との間でかなり綿密な打ち合わせがありましたね。山戸監督とご一緒すると、私は、監督は完成される画(え)が、撮影に入られる前の段階から相当見えていらっしゃるなと感じます。衣服だけでなく、ヘアメイクも、女性の佇まいも視覚的に頭の中に完成されているように理解しているのですが。

山戸 そんな素晴らしく語って頂けて、心底、有り難い想いです。映画監督を続ける以上、誰かに何かを問われた際の沈黙など許されないのだ、という職業意識があって、基本的には、答えを差し出すことを免れぬ習性がありますね。先程、各部門の職業知を持っているかたにお任せするとおっしゃっていた枝監督の姿勢を、プロフェッショナルなあり方だと感じますね。こちらは、あえて答えない方がいいのかもしれない。ただ、このような囁きがあるのです。そのロールを生きる当人以上に、その"横顔"を愛しているのは私かもしれない、という強迫観念のような。
それは演じる役者さんにおいても、体験として役に没入するのは演者自身でありながらも、その横顔に関しては、他者からしか発見し得ない美があるのだと思います。当事者以上に、その人を輝かせられる、ある一面があるとするならば、その場所で勝負に出たいと考えています。
『離ればなれの花々へ』の衣装作りの時間は、その横顔をこちら側に見せて、最後まで愛させてくださった、デザイナーの路美さんの姿勢のおかげで生まれていました。路美さんと最初に会って衣装の打ち合わせをしたとき、路美さんが「私はおばあちゃんになっても、女の子だと思ってます」とはっきり断言されたことを覚えています。どっぷり恋に落ちさせてもらえた言葉でした。私は、製作期間中ずっと、路美さんの愛の塊に触れられて最高でした。

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山戸結希さん(左)、東佳苗さん(右)

松丸 皆でやりとりをするラインのグループ名も「100歳の女の子」でした。

山戸 そのライングループでも、私が路美さんにラブ!すぎて、路美さんは最後の方、もう勘弁してと思われていたかもしれません(笑)。

松丸 本当にカンダさんと枝監督、路美さんと山戸監督の出会いは最高で、こういう風にファッションと映画が出会えるのかとワクワクしたのですが、それとは全く違うアプローチをしたのが東監督。監督、脚本だけでなく、衣装も美術もすべてを自分でディレクションするという意志を貫かれて、『out of fashion』を作られました。この作品は、文化服装学院で撮影されています。

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東佳苗監督 『out of fashion』

 

 『out of fashion』は、枝さんの映画『少女邂逅』の主人公でもあるモトーラ世理奈に「服飾学生で、読者モデルで」という宛て書きの設定を演じてもらったものです。おそらく、服飾学生なら誰もが卒業間近に抱くであろう、服を仕事にしていくことのもやもやとした心情と状況を描いているのですが、私自身が体験したあの時の忘れたくない感情を偉人の言葉に託して、最後のシーンに登場するドレスに刺繍しました。
例えば、ウォルト・ディズニーの言葉だったり、チャーリー・チャップリンの「行動の伴わない想像力には意味がない」という言葉だったり、デザイナーだったら、ラルフ・ローレンの「服をデザインしているのではない、私は夢をデザインしているのです」とか。19歳の頃に、よく、忘れたくない言葉を見つけてはポストイットに書いて、それをノートに貼っていたんです。先人たちの言葉や忘れたくない言葉を常に書いて、貯めていて、今回、それを服に込めたくて刺繍しました。

松丸 文化の生徒には必ず見てほしい東監督の作品ですが、かなり監督の実体験が入っていますか?

 私や、当時の友達の実体験はかなり含まれてます。映画製作は、監督のみでなくキャストを含む多くのスタッフがいて成り立つものですが、ファッションデザイナーの場合、パターンが引ければたった一人でだって洋服を作れてしまう。私はずっと、一人でこもって仕事をしていたので不安だらけで、実力不足を痛感することもありながら、10年くらいやってきました。モトーラさんが演じる主人公は、他者との間で自分らしく生きることの葛藤を感じながら、魂の潔癖さに日々悩んでいて、それは服飾の世界に限らないことだと思いますけど、ならばそれを実感して、一人でやっていこうと決断するまでの過程を描けたらいいなと思って作りました。

カンダ 何度か悩んだりもした?

 そうですね。私も3~4回、人生でそういう岐路があって、その都度悩んで、実際問題はまだゴールというか、決断は出ていないですね。でも、やっぱり、自分一人きりでも立てなきゃ、生きていけないですよね。

山戸 東監督物語の原型となった学生時代に、合同展示会「白昼夢」を一緒に企画していた仲間たちは今、どうされていますか?

 それぞれファッション業界や芸術の世界で活躍してます。親友もデザイナーなんですが、「白昼夢」のメンバーでもあったので、『out of fashion』は、言っちゃえばほぼ実話です。「縷縷夢兎」が現在の一点物のニットブランドになる前に、友達と一緒に、二次元の服をオマージュした「ウサギノリンゴ」というブランドを作ったんです。親友はその後、恋汐りんごとしてアイドルの道へ進み、今「バンドじゃないもん!」のメンバーとして活動したりしてます。

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物を作っていくということ、21世紀のクリエイターたちへ

松丸 当時の東さんのエッセンスが全部、作品に散りばめられているんですね。山戸監督はどうやって表現の道に足を踏み入れたんですか?

山戸 私は四谷にある上智大学に通っていたのですが、当時は、まさかものづくりを生業にするとは思っていませんでした。大学では、映画サークルに流されるまま入り、3年生で巻き込まれるようにして1作目を撮ったのですが、すると「こんなに面白いんだ!」と、得体の知れない感動があったんですね。
初めて撮った映画『あの娘が海辺で踊ってる』は、第24回東京学生映画祭の最終選考に残ったのですが、残った中でも機材面や技術力が圧倒的に未完成で、周囲に迷い込んだようでした。諸々が、不完全過ぎて、グランプリや準グランプリではなく、その場で急づくりされた審査員特別賞が授与されました。ただ、私にとって大きな体験でした。作品が生まれ、生まれた作品を観てもらえる限り、それはどうあっても素晴らしい未来を呼び込むのだと。
今日、皆さんにお伝えできる唯一のことは、今、出来る限りの力で、この今年に絶対に個展を開いた方がいいし、まだ締め切りまであと一か月あるのだったら、今すぐ映画を作って、今年のぴあフィルムフェスティバル(PFF)に出した方がいい、ということだけなのかもしれません。東監督の開催された「白昼夢」とも通じ合いますね。これからもまだ成長を続ける、という意味での、未完成な自分の作品を、人に見てもらうという経験が、若い作家に対して急速な成長を呼び込むのかもしれません。

 当時、『あの娘が海辺で踊ってる』を見に行きました。

山戸 枝監督、嬉しいです。

カンダ 何年くらいの話ですか?

山戸 『あの娘が海辺で踊ってる』は、2012年が初上映ですね。

カンダ 僕の周囲が「山戸結希、山戸結希」と騒ぎだした頃をよく覚えています。友人同士で、互いのおすすめの動画を見せあう宅飲みをやっていた時、写真家の奥山由之が「これ」と言って見せてきたのが、山戸さんの映画『おとぎ話みたい』(2013年)に登場する趣里ちゃんと、ロックバンドのおとぎ話がコラボした「COSMOS」のPVでした。これは本当にすごい映像でした。まだ見たことのない人は、本当に見てほしい。

松丸 私は当時、『あの娘が海辺で踊ってる』を見て、この人は映画を撮りたくてしょうがないんだな、と。山戸さんの姿を映画から見た気持ちがしました。

山戸 もう、感動的に言ってくださって。松丸さんは、言葉を交わすたびに感動を創り出してしまう方なんです。熱海で撮っていたとき、私は海辺で一人ビーサンで、太い釘を踏んでしまったんですね。血が流れ続けていたけど、夕方に撮らないと、暮れちゃうから撮るしかなくて、よくやったことないけどもうワンカットでやってみようとなって。もう、とにかく痛くて、カメラもぶれっぶれでもうどうしようもないけど、そうした具体のエピソードは映らないはずなのに、映画の印象としてはなぜか、「こんなにも撮りたいのか」ということだけが、伝わるというか。
だから皆さん、裁縫中に、指に縫い針が何本刺さっても、紡ぎ出す手を止めないでくださいね!私は自分に資質があるとは全く思えないけれど、血が流れてもカメラを止めようとは思わなかった、ということでした。それと、大学3年生で初めて撮るというのは、映像の世界では全く早くはない、決定的に遅い。もしもそれを知っていたら、もっと、十代であっても、一刻もはやく熱海に行くべきだったのだと感じています。いつかではなくて、今年が岐路なのだと思えれば、景色はどんどん変容するはずですよね。
枝監督は、いつから岐路だって思われていらっしゃいましたか?

 私は元々、中高生で役者をやっていたんです。学生時代、私はあまり友達を作るのが上手くなくて、近所の子とうまく交われず、その時によく見ていたのが映画でした。「どうしてスクリーンの中の人たちはこんなに楽しそうなんだろう?」「なんで、こんな風になれないんだろう」とずっと思っていたんです。ある時、映画のメイキング映像を見ていたら、「あ、映画も人が撮っているんだ!」という当たり前のことを理解したんですよね。
私は群馬県出身で、そこは東京に近いようで遠かった。何でもいいから東京に行きたくて、色々と言い訳をしながら上京しましたが、親からは東京へ行くことも、映画の世界に入ることもずっと反対されていました。「東宝や東映のようなちゃんとした会社に入るならともかく」と言われ続けていた。だから早稲田大学に合格して、上京して東京に降り立った瞬間から、「4年間はすぐ終わるから、何か行動しないと終わる」「ここでチャンスをつかまないと死ぬ」と思っていましたね。
引っ越しの片付けをしている親を置いて、歩いて30分のところを迷って2時間かけて早稲田のキャンパスまで行き、映画研究会を訪ねました。早稲田には幾つか映画サークルがあるのですが、新歓の波にもまれながら先輩たちに「どんな映画が好きですか?」と聞いて、そこで自分に合うサークルに入ったんです。でも、4年間、なにかに追い立てられながらも進路を映画に絞れなくて、勇気が出なくて映画学校にも行けず、CMだったりドラマだったり、映像に関わるすべての興味のある世界に足を踏み入れました。でも、結局、一番分からなかったのが映画で、今も映画を作っています。

 上京組ってそうですよね。私も福岡から上京して、何か成し遂げないと死ぬ、東京に殺されて、地元に引き戻されるって思っていました。だから死に物狂いです。文化服装学院にしても他の美大にしても、入学した時点では夢が明確に決まってなくても、入れば夢が見つかるだろうって思っているところがあるじゃないですか。当時、自分が衣装デザイナーになるという発想も気持ちは一切、なかったんですよね。みんな、どうやって自分の夢を固めていったんですか?

カンダ 僕は今日、ここに集まってくれている皆ぐらいの年齢のときには何もなかったですね。21歳の時に直線縫いのミシンを買って、ロックミシンを買えたのは24歳。つまり、学生時代にはスタートラインにも立っていませんでした。山戸さんや枝さん、佳苗ちゃんよりもう少しのんびりしていましたね。
大学は早稲田だったんですけど、それこそ早稲田の道から外れてもう、「out of WASEDA」。というのも大学にはファッション好きが集まるコミュニティがあって、仲の良かった友達もファッションが好きだったんです。そうしたらレールから外れて、就職活動はしないという道に行っちゃった。親はもちろん反対でしたが、何とか説得しました。「俺は卒業後には就職しないで文化に行く」「やりたいことは今の大学にはない」ということも、徐々に見えてきたんですよね。早稲田にいると周りの友達はみんな服が作れないから、作れるだけで「ケイスケさん、素敵!」って後輩の女の子が褒めてくれて(笑)。今思うと勘違いなんですけど、それでも根拠の無い自信がつらけれたのは大きかったと思う。

 それは、バンドマンになったら、モテるみたいな感じですね(笑)。

カンダ そうそう。

 私も文化では相当、劣等生でしたよ。優等生は死ぬほどいる。遅刻しないし(笑)、ちゃんと課題を出すし、縫製の力もあって、パターンもできれば、コンピューターを使ったり、全部出来るっていう人。そういう人たちは留学して、首席とか取っちゃう。だから学歴コンプレックス強くて(笑)。

カンダ そういう人たちの経歴を蹴っ飛ばしてますね、佳苗ちゃんは。

 でも、社会に出ると「専門学校だけじゃ、学歴にならないよ」って言われてるように感じることが多くて。

松丸 文化は服作りの基礎を磨いていく場所ですけど、東さんの面白さは服だけじゃなく、美術の領域まで及んで、空間すべてディレクションするところにあると思います。学生時代からそういう、全てを自分の手で作り上げるような物づくりをされていたのでしょうか?

 私は福岡から出てくるとき、枝さんじゃないけれど、根拠のない自信にも似た気持ちで東京で何かを残さないといけない、と思い詰めていました。でも、19~20歳の頃って、「これは絶対、やりたくない」ってこともあるじゃないですか。私はパターンが苦手で、パソコン出来なかった。ならばいかに苦手なことを避けようかと考えている中で、行動を起こさないといけなかったんですね。
当時は2010年あたりで、原宿のストリートが「死んだ」といわれた頃。そんなときに原宿で「白昼夢」を開いたら、尋常じゃない数の女の子たちが全国から会場にやってきてくれたんです。そういう「現象を起こしたい」という使命感は当時からずっとあったんですね。私は、服を作りたい、映画を作りたいじゃなくて、文化を作りたい。それは、カルチャーとして、現象を起こさないと伝えたいことも伝わらないという意識があるから。それは山戸さんの『21世紀の女の子』を作ろうという想いとも重なる気がします。

山戸 そうですね。映画が世界を変えて、世界が映画を変えるという循環構造ごと創作してゆかなかれば、芸術が空気に触れ、本来のところへと還元されてゆかない。

松丸 今日、この場に来てくださった4名の表現者の方に共通することは、自分たちの作品をコアな人だけに向けて作るのではなく、もっと大きく、広く、文化と結びつけていこうというビジョンを持っていることですね。

カンダ 『21世紀の女の子』で山戸さんが行なったことを自分の立場に置き換えてみると、自分の周りのデザイナーとか、後輩を15名集めて、ショーとか何かをやろうぜってことでしょ。情けないけど、僕なら自分のことでいっぱいいっぱいで、思いついたとしてもなかなか行動には移せません。それをできるのはすごいと、単純に思います。山戸さんは『21世紀の女の子』の中で15人の監督たちの作品を受けて、ラストを締めくくる形での参加ですけど、結果を残さなくちゃいけない立場に自分を追い込むのもすごい。ファッションの世界だと自分も含めてそういうことをできる人は、なかなかいない。やっぱりこれは何か変わっていくと思う。未来が本当に楽しみです。

山戸 ケイスケさんの言葉は、予言的な響きがありますね。この20年間、日本でメジャー作品を撮った女性の映画監督は3%程だというデータがあります。そこで、自分はマイノリティとして身を置きつつも、撮影現場に行くと、ほんとうに、いちばん何も出来ないんです。だから、もしも「文化に来たものの、デザイナーはもう無理だ!」という方がいらっしゃったら、映画監督を目指してみてはいかがでしょうか。今すぐに、夢見れば誰にでも叶えられるので、おすすめの仕事です。

 いやいやいや、監督は大変です(笑)。私はファッション業界にいてジェンダーのゆらぎを感じることはそこまでなかったけれど、映画界に足を踏み入れた瞬間、「こんなに人からナメられるんだ」って思いました。スカートを履いて、ピンク色のTシャツを着ているだけでも、男性スタッフにナメられていると、ひしひしと感じることがある。いやがおうにでも、女であるということを感じさせられるというか、"女の子"として存在すると馬鹿にされるんだなと。

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 あるあるですね。つい最近、LOFTの広告が炎上しましたよね。バレンタインデーの広告で、表向きは仲良くしているのに、裏側では女の子同士が後ろで髪の毛を引っ張り合ったりしているというものです。なぜこれを今の時代に、わざわざバレンタインデーに向けて表現するかなと思いましたけど、確かに男性の数が多い社会に属して仕事をしていると、無意識に麻痺している部分もあって......男の人がいっぱいいる場ではバカを演じると楽だという、あの話ですね。とはいえ、あの広告に対しては「あえて女性に向けて、そんな皮肉必要か?」という疑問を抱いたのですが、後日、あるテレビ局が街頭インタビューで1200人ほどの女性に意見を聞いたのを見た時に、ほとんどの人が「こんなことにいちいち反応しません、だって本当の事ですから」と、怒りもせずに受け流していて、「えっ?」と思ってしまったんです。だって、男女関係なく、多くの人が集まればそこに食い違いが生まれたりすることはありますよね?

カンダ 男だってあるよ。嫉妬とかね。

 ですよね? 性別は関係ないはずなのに、テレビというメディアで、「女の友情は薄く、男の友情は本物」って言われ続ける歴史は変えられないのか?と、その報道を見て、感じたんです。メディアは無自覚に「女ってこんなもの」と下げてくる。そして私みたいに主張する女を嫌悪する風潮もあるなと。

 『21世紀の女の子』は、LOFTの広告的なものとは反対に、女の子同士の連帯、というか愛の話も多いですよね。

山戸 『21世紀の女の子』の萌芽となった、『装苑』2018年4・5月合併号で提示したリアリティ自体が、「女の子が女の子を愛するということ」という世界線でしたね。今、枝監督がお話されたように、現状、あまりにも女性同士が嫉妬し、いがみあうことを形容したフィクションが流通しすぎている。そのような関係性に終始せず、もっと愛し合ったり、想いを分かちあったりする物語があってしかるべきなのに、圧倒的に足りない。魅力ある人同士がふと出会った時に、その魅力を憎んでしまうのではなく、惹かれ合い、騒々しく喜び合う、新しい神話が未だ創られていない。『女の子が女の子を愛するということ』は、21世紀では民話化されるべき軸になると考えています。

カンダ 枝監督が昨年、発表した『少女邂逅』にもそういうエッセンスがありますよね。

松丸 女の人が集まったらいがみ合うのではなく、手と手を取り合って進むという物語が、名実ともに『21世紀の女の子』で表現されたのではないか、そういうプロジェクトになったかなと思います。質問のあるかたはいらっしゃいますか?

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Q1 映画でも、ファッションでも、一番、これに影響を受けて、自分の中に残っていることはありますか?私、作るのは好きなんですけど、発想力がなく、なかなかあるラインまでたどり着くことができません。

 私はゼロから生み出すタイプじゃなくて、編集者タイプというか、よくコラージュ的な物作りをします。それこそ学生時代はケイスケさんのオマージュを作ったこともありました。全クリエイター共通ですが、全くのゼロからモノを生み出すことは容易じゃないです。私がやっている衣装デザイナーという仕事は、まずクライアントの要望を聞いてそこにオリジナリティを足していく仕事でもあるので、自分は衣装デザイナーが向いてたんだなと思います。なので自分のブランド「rurumu:」の時はいつも悩みまくって苦悩してます(笑)。

カンダ 僕も佳苗ちゃんと似ているところがあります。好きなデザイナーはいっぱいいるし、憧れもある。特に一番好きなマルタン・マルジェラは、学生時代にオマージュのレベルまでいかず、周囲から「これ、ちょっとパクってるぞ」と指摘されてから、初めて同じ物を作っていることに気づくという...(笑)。全く気付きもせずに、同じ物を作っているということがありました。

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 私は開き直るわけでもなく、いい意味で、もはや新しいものは存在しないと思っています。先代が作り上げた多くの優れたものがすでに存在していて、それを見て育っている以上、いつの間にか影響は受けているでしょうし、究極、同じことをしたとしても、絶対に「同じ」にならないとも思っています。私が物をうまく作れなくなるのは、誰かを羨んだり、こんな自分を見せるのは嫌だと思うような「他者視点」が入ってしまったとき。ですから、逆に私は「これが好き」と夢中になるものだけを積み上げて、構築して作っています。

山戸 影響自体は、全てのものから受けるべきで、きっと芸術からだけではなく、世界にある全てから。質問者さんのご質問には、「他作品から影響を受けた世界」と、「自分オリジナルの世界」との間に、どのような境界線を引くのか?という意図も含まれていらっしゃるのではないでしょうか。そして、悩むところですよね。
よく処女作にはその人の全てが入っていると言ったり、「あなたはどんな子ども時代を過ごされましたか?あなたが初めて好きになった映画作品は?」と聞かれたりもしますが、まずそのようなこと(処女作に全てがあるということ)は無く、田舎においてもただ凡庸に、恋愛しかすることがない学生時代だったので、過去からの積み上げで、現在の作品があるという見立てに懐疑的ですね。
時間とは、とりわけ芸術における時間とは、機械的な直線ではなく、生命に似た螺旋系なんです。そこに芸術の契機がある。創作の起点は過去一点ではなく、未来にも置いた方がいいと思う。例えば、あなたが死ぬ前にどんな服を作りたいか?死ぬ前に作る一着には、おそらく自分の歩みが集約するはず。死ぬ前に、全てが詰め込まれた一着を創るためには、今から創る服はどんな形をしているべきなのか?そうすると、未来から自ずと、今発案すべき一作が降りてくるんです。そこから逆算してパターンを引き出せば、溢れて止まらないと思う。死へと向かうことによって、作品が生まれてゆく。だから、発想が行き詰まってしまわれる際には、ご自身が死ぬ前に作りたい服をイメージすることで、流れ続ける時間の力を利用してほしいと思いますね。

Q2 私はまだ文化服装学院へ入学前の高校生ですが、今日は、在校生限定のイベントということだったので、学校に頼んで入らせて頂きました。私は服に関する仕事をしたいという希望はありますが、まだどういう服を作りたいのか、そういうビジョンが固まっていません。みなさん、いつ、その決心は固まりましたか?

カンダ こんなことを言っていいかわからないんだけど、僕は本当の意味ではまだ見つかっていないかもしれないですね。でも、それが見つからなくてもいいかもしれないよ。見つける正義もあるかもしれないけど。

 私にとってケイスケカンダのオリジナリティとは、手縫いの手法やセーラーカラーなど学生服のディテール+パンク精神なのかなと思うのですが、そういう自分のアイコンを見つけて、落とし込むのは?

カンダ そう言ってもらえると嬉しいです。でも、自分ではそれが自分のアイコンとは気づいていなくて、他の人に指摘されると「ああ、そうか」と思いますね。

 自分では気づかないものなんですね?

カンダ いま指摘してくれたセーラー服、あとは何だろう、例えばジャージやリボン、レースも、アイコンにしようと思って作ったわけじゃなくて、お客さんに受け止めてもらったことで結果的にアイコンになったというものです。お客さんが見たい景色に寄り添ってつくっている感じなんですね。佳苗ちゃんがニットにいきついたのはなぜ?

 「苦手」を避けていくうちに、自分の「得意」が見えてきたという感じでした。私はミシンが苦手なんです。ミシンで服作りをしていくことって、ある種設計なので、建築的なセンスと神経質さが必要じゃないですか。私は、もともと絵を描いたり、詩や物語を書いたりしていて、建築的に作り上げるものよりも、感情と直結したクリエイションが好きだった。感情と結びつく服作りは何なのかを探っていくうちに、"手で生み出すもの"という答えが見えてきたんですね。それは刺繍でもいいんだけど、刺繍だけで服にするのは難しいのでニットになった。また、当時はニットでファンシーなテイストのものってほとんど無くて、文化の先生から「あなたのやっていることは今世界的にも珍しいから、頑張って突き詰めなさい」と言われたことでわかったところもあります。

カンダ その消去法ってすごいいい考え方だね。ちょっと、普通の学校の授業では教えてもらえないことだと思うよ。

Q3 すみません、お時間が過ぎているのに。私は、枝さんの『装苑』での連載コラムを全部読んでるのですが......。

 お〜やっててよかった。ありがとうございます。

Q3 私は、世の中から女であることに対して、こう...批判があるということが、すごく悲しいなって思っています。こうした映画を創られた監督たちをすごいと思う一方、さっきの広告の話のように、その広告に何も思わない女の人たちが増えてるっていうことも、本当に悲しい。こういう気持ちに対して批判というか、「フェミニストだ」とか言う声もあるとは思うんですけど、私たちみたいな、こういう状況を悲しいと思っている人たちは、どうしたら良いのでしょうか? すごい大雑把な質問なんですけど、どうしていったら良いのかな......と。

 難しいですよね。でも......Netflixで、フランス映画の『軽い男じゃないのよ』という作品を見られるんですけど、これは簡単に説明すると、道ですれ違った女の子に常にセクハラまがいの言動を繰り返す独身男性がいて、彼がある日、頭を打って、目覚めたら、女尊男卑の現実とは逆の世界にいたというブラックコメディなんです。これが、女性が日々、無自覚に受けている特別扱いや、あるいはマイナスの扱いを見事にジョークで表現していてすごく面白い。
私、よくSNSで、10代からメッセージをもらうことが多く、彼女たちが発する「『女の子であって良かった』という瞬間を大事にしたい」というメッセージを前まではいいと思っていたけれど、最近、それも「どうだろう?」と思う瞬間が増えつつあるんです。というのも、自分が女である前に、そもそも人間であることを忘れている子が多いから。
アイドルのお仕事をしていてぞっとするのは、男性ファンが簡単に発する「〇〇ちゃん、劣化したよね」「年取って、皺が増えている」とかいう言葉を目の当たりにするとき。 男のアイドルにははっきりとした卒業はないのに、どうして女は若さが正義で、皺はマイナスで劣化と言われ、消費されていくのだろうと疑問です。せっかく私はモノを作って、発言できる場に立てているので、「自分たちは女や男である前に、人なんだ」ってことを届けられるようにしたいと思っているんですけれど。でも、それは堅苦しいオピニオンとしてではなく、エンターテインメントの箱に包んで届けられないかなとすごく、すごく思っています。『21世紀の女の子』のプロジェクトはまだ始まったばっかりですけど、意見が異なる人たちが敵対するのではなく、うまくいけばいいなと思います。

山戸 今、枝監督がおっしゃって下さったことはとても重要だと思います。人間同士として接し合うことは前提ですし、「女の子に生まれてよかった」という言葉も、言葉自体の是非ではなく、「女の子に生まれてよかった〜!yeah」なのか、「(小声で)女の子に生まれて、よかった...」なのか、コンテクストによってのみ、真価が問われるのだと思います。
女性を「劣化してる」などモノのように発言する人と出会ったら、「この人は、自分のお母さんのことはどう思っているのかな?」って、いつも、思いますね。あなたのお母さんのことも、劣化して、汚いものみたいだって思っているの?お母さんの皺や、積み重なった時間のあらわれを、美しいと誰よりも思っている、思いたいのはあなたなのではないか。意見を主張する女性の声が昔よりも聞こえやすくなったことで、「今は男尊女卑じゃなく、女尊男卑の時代だ」という声もまたありますね。そう言っている男性のお母さんは、ほんとうに自由に生きているのかな。他ならぬ、子ども時代のあなたこそが、誰よりも、お母さんがどこかで不自由だったり、発言を引っ込める瞬間を見続けてきたんじゃないか。もしも、母親が自由で輝いて、幸せであることを肯定できたなら、男の人も、女の人も、一緒に自由になってゆけると思うのです。
私は、文化を発信する立場として、今を、負け戦だとは思っていないんです。希望があるはずだと思いますね。言語としての過激さを恐れずに発言するならば、文化は胎教なのだから。たった一人の女の子の身体を通して、たくさんの命に私たちは触れているんです。そして過去の悲しみを肯定しながら、現在を通して、未来を本当の意味で変革してゆける。たった一人の女の子の悲しみを救うことで、たった一人の男の子の悲しみをもまた、救うことが出来る。命がそうやって繋がってゆく限り、文化を生み出すことにだけ許されている、世界を変える方法があるんです。

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 すごい...

 なにか、泣きそうになりました。

松丸 今の発言は『21世紀の女の子』で山戸さんが伝えたいことでもあったと思います。女っていう抽象概念じゃなく、全ての人に具体的に存在する母を本当に愛していたら、女性を貶める言葉は出ないと思うんですよね。自分のお母さんを愛せないというのは悲しいことなんじゃないでしょうか?最後に、いい質問をしていただいてありがとうございました。

山戸結希企画・プロデュース『21世紀の女の子』
監督:山戸結希、井樫 彩、枝 優花、加藤綾佳、坂本ユカリ、首藤 凜、竹内里紗、夏都愛未、東 佳苗、ふくだももこ、松本花奈、安川有果、山中瑶子、金子由里奈、玉川 桜
公開情報
2019年4月27日(土)~5月10日(金)神奈川県横浜市「ジャック&ベティ」
5月3日(金)~5月9日(木)北海道札幌市「ディノスシネマズ札幌劇場」
6月8日(土)~6月21日(金)栃木県宇都宮市「宇都宮ヒカリ座」
4月26日(金)~5月6日(月)広島県福山市「福山駅前シネマモード」
5月11日(土)~5月17日(金)広島県尾道市「シネマ尾道」
5月22日(水)~5月31日(金)広島県広島市「横川シネマ」
4月29日(月)~5月3日(金)山口県山口市「山口情報芸術センター」
6月14日(金)~6月20日(木)佐賀県佐賀市「シアターシエマ」
配給:ABCライツビジネス
WEB:21st-century-girl.com


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『装苑』2019年9月号、7月26日発売!

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