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渡部玲

ビューティライター

Akira Watanabe 渡部玲

女性誌の編集部、編集プロダクションに勤務した後に独立。現在は、フリーランスのエディター、ライターとして活動。

永富千晴さんの美への探究心----興味を刺激するものとは何か?

永富千晴さんと出会ったのは1990年代の終わりの京橋だった。「初めまして」と挨拶をした時のインパクトの強さは、今でも鮮明な記憶として私の中にあり続ける。何もかも衝撃的だったからだ。「こんなにたくさんの荷物を持つ女性が居るだろうか」と思い、「いつ眠っているのだろう?」など想像してしまう人であった千晴さん。まるで恋人であるかのように同じ部屋でほぼほぼ一緒に過ごした日々を今、改めて懐かしく感じながら、今回は美容ジャーナリストの永富千晴さんの美への探究心に迫りたいーーずっと焦がれて続ける存在である、"ビューティ"の師匠に話を訊く。

----いつものように、今日も千晴さんと呼ばせてください。千晴さんにお会いしたのは、1990年の終わりの東京は京橋にあったビルの6階で、あの頃からものすごーく化粧品が好き! という印象でした。当時も「なぜお好きなのですか?」と訊いたことがあったと思いますが、改めてお聞きしたいです。何がきっかけで興味を持たれたのですか?

千晴さん「小学生だった頃からテニスクラブに所属していたのですが、高校2年の頃に、辞めてしまったのです。それまでの毎日はとにかくすごい運動量だったのに、パッタりとなくなるのです、当然太ってしまいますね(笑) それで、一念発起してダイエットしたのです。特に、下半身を集中的に! クラランスのボディオイル「アンティ オー」で一所懸命マッサージしました。でも、女の子ですから、すらりとした足だけでなくおっぱいだって欲しい(笑) 当時の私が夢中になっていたブランドの一つがクラランスで、細胞に働きかけてくれるという「レ ビュスト フェルムテ」でケアしていましたね。

----高校生がクラランスでケアする! ということに美意識の高さを感じます。俗っぽいことを言えば、その......高価なものですから

千晴さん「アルバイトしていたのですが、その対価のほとんどを美容に使っていました。先ほど挙げたクラランスのほか、「シュウ ウエムラ」と「ケサラン パサラン」は高校生だった頃の私の憧れのブランドでした。これらのブランドの魅力や化粧品への興味を持たせてくれたのは、雑誌でした。「ELLE Japon」と「オリーブ」が大好きで、この2誌が私の情報源だったのです」

----今のようにSNSなどのない時代と言うのもあると思いますが、私も千晴さんと全く同じで、とりわけこの二誌は、毎号発売されるのを楽しみにしていました。お手本はリセエンヌ(lycéenne)! でも意外だったのは、学校の美しい方々からの情報ではなく、愛読されていた雑誌から美容に関する情報を得られていたことです

千晴さん「美容に関する情報はもちろん、ファッションについても影響を受けました。白いハイソックスにプリーツスカート。靴はリーガルやワラビー。アディダスにスタンスミスはもはや制服のようでしたから。

 私の通った学校は、綺麗な人がとても多かったこともあり、"このままじゃダメだ!"との気持ちがありました。

 小、中学時代の私はいわゆるテニス少女で、ボールを追いかける毎日でした。それが高校に入って一変したのです、環境も意識も。単純に"女の子になりたい!"という気持ちもあったと思います(笑)

 高校生ならきっと誰もが持ち得る感情なのだろうけれど、恋をしたいし、彼が欲しいと思いますよね? お年頃ですから。私もそうだったのです。でも、今は恋愛できるステージにいないこと、そしてそんな自身をもっと女の子っぽくしたい! "私も綺麗になりたい! と考えていました。

----あの......残念ながら私は高校生だった千晴さんを知りませんが、今とほぼ変わらない上背であるなら169㎝であろうし、想像するだけでもスラリとした長身の美人だったろうと思うのです

千晴さん「いやぁ......ひたすら努力の日々でした。どうやったら綺麗に痩せられるだろう? と考え、美容情報を集めました。コントレックスや縄跳び、ラップを巻いて眠ったり(笑) 効果的だと思える限りの、ありとあらゆることを試しました」

----やはり人は環境によって育まれるところが大きいと感じます。その美しく痩せるための方法は、どんな考えで選んだのでしょう? 実際に千晴さんがなさったものだけでなく、他にも選択肢はあったと思います

千晴さん「当時の私は、ただ驚いてばかりでしたから、とにかく"このままじゃダメだ!"と考えては、手当たり次第何でもトライしました。周りにいる人たちとあまりに違いすぎたから。

 そのためにトライした痩せるためのたくさんの方法は、感覚的に選んでいたと思いますし、それは今でも変わっていないところでもあると考えています。しかし、その感覚的なものにも変化はあるように思える今は"厳選"する目を持つことができるようになっているように思えます。昔は、ただ"無謀"だった、と振り返ると思え、これが若さなのかも、とも考えています。それでもやはり、この感覚的で直感的でもあることは今も変わっていないと思えますし、"この人、すごい!"などと素直に思えるところは、これでいいのかなぁと思えるのです。

----少なくとも出会ってからも千晴さんはまさにそうだ、と思えます。それから好奇心も!

千晴さん「常に"面白そう......!"と思えるものを探しています。原動力が何かと問われたら、これだろうと思えるくらいに。そして、それはずっと変わらず私の中にあり続ける感覚なのです。

 振り返ると私は、この頃からずっと変わらず、常に引き立て役だったと思います。そう気付いたのはつい最近なのですが、これもまた、私の原動力の一つだろうと思えます」

----千晴さんがブランドアドバイザーを務めておられるツールブランド「KOBAKO」にはメイクすることを楽しませてくれそうに思えます。それはきっと、"面白い"の先にあるのだろうにあるようにも感じます

千晴さん「ビューティツールブランド「KOBAKO」は、ブランド アドバイザーや商品アドバイザーとして、企画の立ち上げからずっと関わってきました。様々な試練などもあったりましたが、初代のプロデューサーのコンセプト「大切な化粧道具は小箱に収めていたい、という女心」を大切にしながら、再来年で10年になります。

 ビューティツールをブランド化させることは、これまでにない考え方だっただけにチーム作りやプロダクトについてはもちろんのこと、店舗に用いる什器やカタログに至るまで、とても慎重に動いてきました。

 そして「貝印」の中でもチームとして確立されつつある今、ブランド認知力をもっと上げると同時に、女の子のキレイに道具は強い味方になるのよ、ってことを、もっと商品でもプロモーションでも見せていけるお手伝いができるといいな、って思っています。そのためにも、どんどんブラッシュアップ&ステップアップし続けないといけない、と自身を奮い立たせています」

----千晴さんの大学時代の、読者モデルがきっかけとなった経験についてのお話を思い出しました

千晴さん「大学時代に、読者モデルの機会がありました。この貴重な経験でちゃんと正しく伝える人になりたいと思ったことがありました。ライターや編集者という仕事に憧れ、目指したのにはその経験も大きく影響しています。私は、表の人ではなく裏方の人だ! と考えるきっかけにもなりました。今、注力していることの一つである「KOBAKO」の仕事は、裏方ですね!

 私の考える"美容ジャーナリスト"とは、日本の女の子の「キレイになりたい!」や、「汚いオバさんにはならないようにしよう」などの乙女心のような想いに応えるにはどうしたらいいのかをビューティの視点から考えることだと思っています。そのためのメディアでありイベント、広告、キーワードなどから提案もしています。2003年より主宰する「club C.」もその一つ。美容好きの女性たちを私なりに応援したいと思い、メンバーシップ コミュニティを作りました。

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2015年の秋に発表されたファンデーションブラシは、これまでにない斬新な発想で肌の悩みにアプローチ。「ポータブルブラシ」(4種)、「ベースメイクブラシ」(6種)、「アイメイクブラシ」(7種)の17種をラインナップした全てKOBAKO(貝印)

「KOBAKO」つい先頃発売されたファンデーションブラシもとても好評の「KOBAKO」。「「メイクの完成度を上げるためには、きちんとしたビューティツールやブラシを選ぶことが必要不可欠です。特に、ナチュラルで透明感のある肌づくり、には、ベースメイクにもブラシが大活躍するので是非、ファンデーションブラシからトライしてみてください。KOBAKOのファンデーションブラシは、乾燥肌用と皮脂浮きが気になる人用に分かれているのも特徴。スピーティにベースが仕上げられるし、化粧持ちもぐんとよくなりますよ!」と千晴さん。更に、「秋には、アイラッシュカーラーの限定品も出るのよ」と教えてくれた。

 千晴さんの考える「美」に触れるたびに感じるのは、女の子のピュアな想いだ。もしかするとスペシャルなコスメをも凌駕するのは恋心かも知れない、とすら思わさせる。そして、そのことに気付くたび、はっとするのだ。

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永富千晴●Chiharu NAGATOMI

美容ジャーナリスト。ファッション誌「マリ・クレール」(中央公論社)のビューティエディターを経て、ビューティコンサルティング事務所「Jビューロー」を設立。2003年には美容ジャーナリスト初の美容コミュニティ「club C.」の主宰に。現在は、女性誌やWEB媒体などでの連載、プランニングのほか、イベント、ラジオなど多方面で活動中。instagramにて、ビューティ最新情報をup中。ご興味あればfollowしてね、よろしくお願いします! @tokyo_beauty_news プライベートなインスタも → @chiharunagatomi

貝印 / KOBAKO

TEL : 0120-016418

http://www.kobako.com/

容作るのは、"叶わないことを叶えようする"という情熱

確か夏の奔りの頃だったと思う。一本のマスカラの発表を見に行った。

 この仕事を生業にしていると、とても幸せなことに、新しい商品が発表される度にご紹介頂く機会を得る。これまでどれくらいのアイテムに出合ったのだろう----今回の話は、そうして出合った今秋発売の「モテマスカラ ONE リフトアップ」の生みの親である、フローフシの今村洋士さん。その説得力が凄まじいものだったことは記憶に未だ鮮明で、どうしてもその愛溢れる製品づくりの源を訊きたくなり、今回、超過密スケジュールの中、お時間を頂いた。

今村さん「19歳から働き、これまでたくさんの仕事に携わってきました。その中でも、この「モテマスカラ」に直接的に関与している仕事と言えば、病院の経営や病院の再生などになるでしょうか。小さな病院からのスタートでした」

----なぜ、医療の現場でのお仕事を選ばれたのですか?

今村さん「僕の家族は皆、医者だったため幼い頃から病院や医者、医療については誰よりも身近に感じていたという自負があります。

 ある日、病院経営の抱える問題について相談を受けたのです。なんとかしてくれないか、と。20歳の頃です。若いから経験も浅い。でも、改善するための提案や助言は、概ねうまくいきました。こういった再生のためのアドバイスを行っていたら、そのうちに幾つかの病院を自分で持つことになっていきました。その中の一つに、美容皮膚科を専門とする病院があったのです」

----そして、今村さんを化粧品業界へと導き、フローフシという名の会社を興されたのですね

今村さん「社名の『フローフシ』は不老不死から名付けました。その願いは、叶わない。例えすべてを手に入れた有力者が最終的には願い続け、あらゆる方法を以てやり尽くしたと伝え聞く言葉----究極の目的や願いである不老不死は、インパクトのある言葉であるとも感じるからです。

 また、叶わないけれども叶えようとすることこそ、進化をもたらす動機になり得ると考えているからです。その思いを僕は、化粧品に求めたいと考えました。

 そして、この商品を世に出そう、と思えるものができた時、この名前の会社を作りました。最初に作ったアイテムは、マスカラです。

 僕には起業したいとか有名になりたいとか、会社を大きくしたいなどという気持ちは全くないのです。単に成り行きだった----この商品を発表したいから、そのために会社が必要になっただけなのです」

----今村さんに会社を作らせるほどの魅力のあるマスカラ! 一般的なものとどのように違うので

しょう?

今村さん「病院の仕事を通して出合った、鉱物学者でありお医者さまでもある先生からエンドミネラル(R)の存在を教わったのですが、この天然のミネラル鉱石に衝撃を受けました、その鉱石の血流促進効果の高さに。自分自身が体感して、これは凄い! と思えたのです。

 エンドミネラル(R)の働きについては、病院の治療に使われていましたから、その中で浮腫みを取る効果があることは知っていました。それから、浮腫みを取ることがリフトアップすることも。昨今の美容医療の技術を以てすれば、リフトアップしたいという女性の望みは叶えられます。しかし、それを手術に頼らず可能にしたいと、親交のあるドクターも僕も考えていました。

 リフトアップさせるのに効果的なのは、目もとです。そのパーツに働きかける化粧品をエンドミネラル(R)で作りたいと思いました」

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エンドミネラル鉱石

----そして、「モテマスカラ」が誕生した。しかし、リフトアップさせるためのアイテムがメイクアップのものであることに驚くほどの斬新さを感じます

今村さん「フローフシは、女性を外見的に美しくするだけでなく、新しい価値に出合った時に感じるときめきやワクワクする思いを提供することで、心豊かな女性になるお手伝いをしたい、と考えています。だから、他と同じではダメで、"本当に?"というくらいの真逆の価値があるものしか発売しないのです。

 例えば、一般的な考え方としてのリフトアップは、スキンケア アイテムで何かしようとすると思います。実際、僕も始めは、クリーム状のもので鉱石を入れてみたりしました。確かに、肌はぐいーんと上がります。でも、そこに面白さを感じられなかったのです。もちろん、充分に凄いことではあります。しかし、肌に直接塗ることで肌を上げる=リフトアップさせることを僕には面白いとは思えなかった、斬新さに欠けてしまうと感じて仕方がなかったのです。そして、スキンケアではなく、メイクアップアイテムで何かを、新しいと思えるものを作りたいと考えました。

 スキンケアとメイクアップは、真逆にあるものと考えています。そして、あるものに真逆の力を持たせた時、お客さまにとってそれが商品としての魅力は非常に大きなものになり得るとも思うのです。例えば、滲まないのにお湯で落ちるものとか、薄付きなのにカバーできるなど、対極の機能が一つになった時、人は感動するのだろうし、好きなのだろうと考えています」

----そんなユニークな発想によって生まれた「モテマスカラ」は、多くの方々の知るところとなったアイテムですが、そちらにも新作の「モテマスカラ ONE リフトアップ」と同じリフトアップ機能を備えているのでしょうか

今村さん「リフトアップの働きはあります。ただし、リフトアップさせるものと考えれば、血流をかなり改善させなければその効果は得られません。とは言え、このレギュラーでも、使用してくださった10%〜15%弱の方々が"すっきりする"とか"目の周りが楽になる"などの感想を持ってくださっています。しかし我が社では、店で買い求めて、使用してくださった場合に、その6割以上のお客さまに効果の実感が得られなければ、商品の機能性として良しとすることはできません。それはお客様を裏切ることになるからです。

 それで今回の新作=「モテマスカラONE リフトアップ」には、従来の「モテマスカラ」300%のエンドミネラル(R)を配合することで、更なるリフトアップを追求したのです」

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あの名品「モテマスカラ」に新たなリフトアップ機能を搭載した新作が登場。気になるダマや繊維落ちはもちろん、お湯で簡単にオフすることにも配慮しながら、これぞ黒と思える漆黒色でコーティングする。その繊細で優美にまつ毛を描くのは、リフトアップ機能を与えたブラシ。その働きを下まつ毛の美しさが裏付ける。モテマスカラONE リフトアップ 5g ¥2700 フローフシ

----今後については、どのようにお考えですか

今村さん「もともと化粧品を専門にやって行きたい、という考えは露程もありません。ただ、アイデアの一つに化粧品があっただけなのです。しかし、これまでメイクアイテムとしての涙袋やアイライナーなどの商品を作ってきたからでしょう、目もとのメイクアップブランドのように捉えられがちですが、決してそうではありません。化粧品に限らず、新しい価値のあるものと思えるものを作っていきたい、と思っています」

----その"新しさ"とはどのようにお考えでしょう

今村さん「僕が勝手に思っている定義ですが、これまでに見たことのないものだから新しいこと。潜在的にはあると便利だと思いながらも人が期待すらしていないもの。そして、今までなかった価値を備えているものであると考えています。

 但し、本当の新しさとは0を1にすること。でも、僕にそれができる機会を得られることは僅かではあるけれど、出合いがあれば商品として世に出したいと考えています。

 例えば、未だ知られていない成分を使うことや、エンドミネラル(R)のように他は持っていないものを使うなどして新しい何かを作る、これは0を1にすることです。それとは別に、熊野筆の例がそうなのですが、これまで高級品とされてきたこの筆をプチプラのコスメで商品化することを実現しました。考え方の根底は、「モテマスカラ」にも同じなのです----そして、新しい製品を生み出すに至るのです」

----化粧品を作る上で、最も大切にされていることは何ですか

今村さん「僕は、"人の好きなもの"を見つけ、捉えるのが仕事だと考えています。何を好み、欲し、嬉しいと思うのか----だから、人間が求めているコトやモノを見ているんだろうと思うのです。女性が"こんなものがあったらいいな"というのを形にして提供したいと考えています」

ひとりで何役もこなし、時代に目を向ける今村さんの睡眠時間はわずか3時間ほどという。そんな毎日の中で最も重んじていることは人を、自社の製品を愛することなのだろうと感じ得たインタビューだった。モテマスカラが生まれ、多くの女性の心を魅了し得たのは、時代が求めた商品力だけではない。そのユニークな発想とバイタリティー、それから人に感動を与えたいと思う情熱なのだろう。そんな情熱をほとんど感じることのない極めて穏やかな語り口が印象的だった。静謐という言葉を想起させるくらいに。

 そして今年、今村さんの率いるフローフシは5周年を迎える。

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目指したのは、8mmまつ毛! 独自の美容成分"エンドミネラル(R)"を配合したまつ毛美容液が、育毛サイクルに沿って効果的にアプローチ。強さと太さ、ボリューム、長さ。その3方面に働き、から多くの女性が切望する美しい横顔と迫力を生む。フローフシ THE まつげ美容液 5g ¥1200(2015年10月1日発売予定) フローフシ

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フローフシ

商品企画開発

今村洋士●Hiroshi Imamura

香川県出身。高校卒業後、携わった病院経営で、エンドミネラル(R)の開発者であるドクターに出会い、マスカラの開発に着手。中学時代の同級生である桑島社長とともに2010年8月、フローフシを設立。商品企画開発を担当。

フローフシ 03-3584-2624

http://flowfushi.com/

ヘアスタイリスト 光崎邦生の新たな挑戦

Kuniさんこと、ヘアスタイリスト 光崎邦生さんに初めてお会いしたのは、氏が英国留学から帰国してすぐの頃だったから、確か2010年くらいだろう。当時、写真家の蓮井元彦さんとのユニットSICKSNINEを本格的に始動されようと考えておられ、そのお話を伺ったのが最初だった。そのユニット名を聞いた時、「下品だね......」などとうっかり言ってしまったことを猶、恥じているくらいには憶えている。そして、その活動も実に衝撃的で、圧倒されたことを今、こうして書きながら往事を懐かしむ。

 その時からKuniさんは、兎に角丁寧で、そんなに気を遣わなくても......と心配するほど微に入り細を穿つ言動であり、雑な私は猛省しきりだった残念な記憶すらあったりもする。そんなKuniさんのクリエーションは、ダイナミックで繊細。そう、感じる作品が多かった印象。これからどんな作品を見られるのだろう、と楽しみにしていた頃の2011年に、ニューヨークへと活躍の場を移された----そして今年2015年の春、異国の地でキャリアと研鑽を積まれて帰国。自身の手によって生み出された、新しいブランド『KUNIO KOHZAKI PINS』を手に。

----2015年6月6日のブランドのデビュー、おめでとうございます! 

光崎さん「自分のブランドを作りたい! そのブランドのファーストシーズンは、ヘアに関するものがいい。そう考え始めたのは、未だニューヨークに住んでいた頃。しかし、これまでプロダクトを作ったことのない僕にとっては、何もわからなかったのです。そこからのスタートであったから、構想から2年ほどの時間を要してしまいました。

 作りたいけど、どうしてよいのかわからなかったのです。しかし、その状況から救ってくれたのは、近しい人たちでした。彼らに話し、相談しました。それから、ソーシャルネットワークにも"こういうのを作りたい!"と投稿したりもしました。そうして出合ったのが、東京で活動されている職人さんでした。僕自身でも、つくることを想像しながら調べましたが、多くの方々にアドバイスを頂いたことで今回のブランドの発表に至れていると思えます」

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光崎さん「これは、2015年6月のCANDY/FAKE TOKYOのポップアップストアのために作ったアートワークです。以前より親交があり、リスペクトしているYoshirottenに、僕のデザインしたものを使って、一生残るモノを作って頂きました」

----しかし、なぜご自身のブランドを作りたいと思われたのですか?

光崎さん「僕のクリエーションには、自作のヘッドピースを用いています。SICKSNINEの作品でもそう。僕なりのクリエーションツールの一つとして早い段階から表現手段として用いてきました。しかし、近年では多く見られるようになり、ヘッドピースではない別の何かを......と考えるようになったのです。元来、日常的に使用するものではないことも、そう思い始めた理由の一つにあります、撮影の時にだけ使うものですから。

 ヘッドピースを作る時、常に考えるのは、誰も使ったことのない素材を如何にかっこよく見せられるかであり、今まで見た事の無いバランスとデザインにどのようにもっていくのか。そんなことを考え、問いかけながら作ってきました。

 しかし、"やるかやらないか"というものであろうヘッドピースは、最初に使うことに意味がある、とも思うのです。更に、一度使ったら最後、過去のものになってしまうことも、僕に、自身のブランドについて考えるきっかけをくれました。

----いくつかの疑問が重なり、『KUNIO KOHZAKI PINS』の誕生に至ったのですね

光崎さん「ヘッドピースを使える場所は、限られています。ファッション誌の撮影(=エディトリアル)で使われるかアーティストの衣装の一部のためのものか、はたまたファッションショーか。つまり、ファッションに興味のある人という極めて限られた人たち以外の、大勢の人にはなかなかに届き難いもの。また、ヘッドピースの多くは当然ながら、アーティストやブランドに添えるものであることがそれに与えられた使命であり、僕の100%のクリエーティビティとは違うものになる場合もなくはない。もちろん、それに対する疑問や違和感があるのではありません。作品やショーなどに参加できることは、とても大きな歓びです。しかし、いつか僕のつくりたいことの100%を注ぎ込める何かをつくりたい、と考えるようになっていました。見ることで終わることのない、先に広がる何かを----それは、ファッションへの興味が深くない人たちの目にも触れるものでありたかったのです」

----それがブランドだったのですね

光崎さん「その何かは、ヘッドピースに求めることではありません。だからこそ、僕の望みを満たす何かを探しました。それが、僕の創ったブランド『KUNIO KOHZAKI PINS』であり、ヘッドアクセサリーです」

----それぞれの創り方に違いはありますか?

光崎さん「ヘッドピースは思考や視点を捻っていますが、ブランドのプロダクトはよりストレートであり、日常的な視点を意識して創っていると思います。僕の場合は、改良に改良を重ね、足しながら作るのがヘッドピースであり、初期のアイデアを大切にしながら、削ぎ落とすのがプロダクトです。『KUNIO KOHZAKI PINS』は、ミニマムでシンプルに創っています。それが。商品であろうと思います」

----20代の頃にはロンドンに、そして30代の前半にはNYへ----グローバルな視点と豊かな経験が育んだ、Kuniさんの創られたブランドを拝見できる時を楽しみにしていました

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光崎さん「このヘッドアクセサリーは、ヘアピンでできています。どれくらい前だったろう、すぐには思い出せないくらい前から、時間がある時などには、ヘアピンを積み木のように重ねたりして遊ぶのが好きでした。星型にしてみたりして。でも、それを今回の僕のブランドのプロダクトすることを最初は考えませんでした。でも、僕らしいものを作りたいと思い、その気持ちを大事にした時、これしかない! と思えたのです。そうして出来上がったのがこのヘッドアクセサリーです。

 しかし、ヘッドアクセサリーのブランドを作ると決めたものの、出来上がるまでは実に大変でした。モノをつくるとなると信頼できる作り手が不可欠。2014年に一時帰国し、友人や知人に紹介して貰った東京で活動されている職人さんを訪ね、お願いすることにしたのです。その後、NYに戻ってからはスカイプを使ってやり取りを重ね、進めて行きましたが、NY-東京間ではどうしても距離を感じてしまうこともありました。色を決めること一つとっても、難儀しました。

 今回、僕はデザイン画を書かず、試作品を作って工場に送り、"こういうもの"という形で見せるという方法しか考えませんでした。しかし、このやり取りが途轍もなく大変な作業でした。それはきっと東京とNYという距離の隔たりもあるとは思いますが、感覚は人によって様々なのだ、と改めて感じさせられました。本当はこうしたいのだけど、という微妙な"ズレ"のようなものを伝えるのがどうしても伝えるのに難しいのです。もしかすると、スカイプではなく会って、直接話して伝えられれば違ったのかも知れません。しかし、工場の担当者と納得のいくまで話し、試作を重ねました。何度も何度も。その甲斐もあって、僕の想う通りのモノに仕上がりになっていると思い得ます」

----目を引くのがリボンの赤。この色についても伝えるのが難しそうですね、主観によるところが大きいものですから

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光崎さん「リボンは、ヘアアクセサリーの代表的なものだと考えています。かのキティちゃんも赤いリボンを着けていますし、昔の少女漫画もそう、女の子はリボンを髪に飾っています。ずっと、僕にとって、女の子を象徴するものがリボンだったのです。完璧な造形であり、無敵の可愛さだろう、と僕は考えています。

 振り返ってみると、今回に限らず、僕の作るヘアスタイルやヘッドピースはリボンを連想させるものが多かったように思います。シルエットに感じさせるものであるなど」

----男性にもリボンはカワイイと思えるものですか?

光崎さん「カワイイ!(笑) 普遍的な可愛さと思います。それも赤のリボン! だから、今回のプロダクトには、絶対に赤のリボンを入れたいと考えていました。

 他のアイテムに関しては、色や形を自在に組み合わせて楽しんでもらえたら......という願いもあってたくさんのバリエーションを作りました。例えば、十字架や蝶々など。後ろ姿に、自分だけの

楽しみ方----かっこよさを内包させる可愛さ----を見つけてほしいです」

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----赤だけでなく群青(ネイビーブルー)や金(ゴールド)の色も展開されているのですね

光崎さん「3色あります。ピン本来の色にメッキした後にピンと同じ色を塗装し、更にその上から群青以外の色には着色していますから、日常生活で楽しむのであれば大丈夫です!

 今回、3つの色で展開していますが、実は最も拘ったのはネイビーブルーでした。この色はピン本来の色で、メッキなどを重ねていますから二度手間です(笑) しかし、どうしてもこのネイビーブルーの色で作りたいと思いました。

 金は、気品や存在感のある色。僕自身も、アクセサリーはシルバーよりもゴールドのものを好んで使っていることもその理由です。

 赤は最初、リボンだけの色として考えていたのです。しかし、ネイビーブルーとゴールドと同じように、赤もレギュラーとして展開することにしました。それは、赤という色に、僕の思う東京らしさ、つまり原宿ファッション=ポップと感じているから。恐らく、外国人の抱く東京のイメージもそうだと思います。東京のファッションとは原宿であり、"カワイイ"であると」

----ここまで、凡そ90分ほどお話を伺い、妥協することなく、作りたいものを作られたことがKuniさんらしさだろうと思います

光崎さん「僕のブランドですから。作りたいものを作りました。これからもそれは変わりません。そして、これまでのヘアスタイリストの仕事を大切にしながら、常に新しいものを見つけて、発信していきたい」

去年、クリエーターとしてウィンドディスプレーを手がけた、CANDYに続いてXANADU TOKYOでも『KUNIO KOHZAKI PINS』の取り扱いがスタートした。光崎邦生さんの、ヘアスタイリストの枠を越えた活動は、まだ始まったばかりだ。

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ヘアスタイリスト / ヘッドピースデザイナー

光崎邦生●Kunio Kohzaki

W TOKYO所属。VOGUE,i-D,DAZED&CONFUSED などのファッション誌や、CHRISTIAN DADA の東京 / パリコレクションなどのヘアスタイリング、Food creation やミュージシャンにヘッドピースを提供するなど、幅広く活動する。また、アートユニットSICKSNINE のメンバーとして、アートディレクションとしても携わったエキシビジョンを開催。2015 年、NY でヘッドアクセサリー ブランド「KUNIO KOHZAKI PINS」を設立した。

KUNIO KOHZAKI PINS
http://kuniokohzaki.com/work-post/accessory/

CANDY/FAKE TOKYO
http://www.faketokyo.com/
tel : 03-5456-9891

XANADU TOKYO
http://xanadutokyo.jp/
tel : 03-6459-2826

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