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渡部玲

ビューティライター

Akira Watanabe 渡部玲

女性誌の編集部、編集プロダクションに勤務した後に独立。現在は、フリーランスのエディター、ライターとして活動。

ハッカソンが教えてくれたまち、高岡----工芸礼讃

いつの頃からだろう、工芸品や民藝というものも興味を持つようになった。母が芹沢銈介さんの作品が好きだったことに加え、通った高校の隣に民藝館があったのもあるかも知れない。
 今年、富山県主催の「工芸ハッカソン」というイベントがあると声をかけて頂いたとき、ほんの少し迷いはしたものの、すぐに飛びついた。門外漢である私だが、知識や教養の無さからくる劣等感よりもその世界が好きという気持ちが凌いだからだ。
 舞台は、物作りや工芸の町として広く知られる、富山は高岡。「工芸ハッカソン」は、高岡出身の林口さんが富山県と共に企画した。 
 今回は、アート・プロデューサーの林口砂里さんに、工芸への思いやその魅力、そして愛してやまない高岡というまちについて訊く。

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----工芸のまちとして広く知られる富山県高岡市ですが、そもそもなぜそう呼ばれているのでしょう? 工芸が盛んになったのはなぜなのでしょう

林口さん「二つ理由があると考えています。一つは、加賀藩前田家。もう一つに、浄土真宗が挙げられます。そもそも前田家の前に、浄土真宗8代目の宗主の蓮如上人(親鸞上人から数えて8代目の子孫)が、北陸で教化をされたこともあり、北陸一帯が浄土真宗になっていったという背景があります。今でも、北陸は真宗王国と言われているのはそういった理由があるからでしょう。そんな宗教的な背景があり、本山である京都の本願寺から大工さんや職人を招いて寺を建てたことで井波彫刻が始まりました。あれは、もともと寺院仏閣のための彫刻なのです。それから、高岡銅器も時を同じくして仏具をつくるために高岡で始まったと聞いています。当時は、現在の大阪、河内国丹南郡が鋳物の聖地と言われており、その地から優秀な鋳物師を呼び寄せて高岡で仏具がつくられ始めたようです。600年ほど前になるでしょうか、浄土真宗=仏教と仏具との結びつきで工芸が発達したという要素があります。
 もう一方の要素として、北陸の地を治めた前田家の存在があります。2代目の当主である前田利長が、戦国時代の終わりの慶長14年(1609年)に早めに引退されたのですが、その隠居のための城を高岡に築き、開町したという歴史があります。その際に、たくさんの家臣と諸工芸の職人たちを一緒に連れてきました。7人の腕利きの鋳物師を呼び、金屋町に住まわせ、諸工芸が発展。こうして高岡の伝統産業が始まりました。
 前田藩は、皆様ご存知の通り、徳川に次ぐ大きさで豊かな大名でしたから、戦国の世の徳川はその存在を恐れて軍事的な圧力をかけていたのですが、時代が江戸時代になって落ち着いてくると、前田家は徳川家に対して文化で対抗しようと文化に注力するようになったそうです。その影響は時代が移り変わった今でも続いていると感じます。この潮流や文化的な活動は、金沢も同じですね。
 しかし、今の"ものづくりのまち"としての顔から想像するのに反して、順調な発展とは行かず、波乱万丈の運命が待ち受けていたのです。
 開町から5年後には前田利長が亡くなり、さらにその1年後には江戸幕府の一国一城令による高岡城の廃城など、城下町高岡は、大きな存亡の危機に直面してしまいます。
 この事態に三代目当主の利常は、城を築いた利長の高岡への思いを大切に考え、町民の他所転出を禁じ、物資の集積地を整備するなど、次々に産業育成の策を打ち出していきます。それが功を奏し、やがて"加賀藩の台所"として飛躍的な発展を遂げます。職人たちは工芸作りに励み、商人はそれらを売り、北前船で貿易をして富を手に入れたのです。その富をまた、工芸のために使って......を繰り返して行きました。御車山(金鉱や漆など、高岡の工芸の粋を集めた、いわゆる動く美術館とも言えるもの)のお祭りというものがあるのですが、町民は惜しげも無くそこに財を抛つのです。こうして武士ではなく、町民が主役のまち----その今日の礎を築いていったのです。
 鋳物師は、税制の優遇措置など多くの特権が与えられ、加賀藩が廃藩になるまで手厚く保護されたそうです。日本有数の鋳物の産地となっていったゆえんの一つでしょう。
 伝統工芸でありながら、新しい価値を持った鋳物製品を世に送り出している高岡は、現在も全国の銅器生産のトップシェアを誇り、"ものづくりのまち"として世界でも高く評価されています」

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「商品開発」「人材育成」「情報発信」の3つを軸にデザイン活用によるビジネス活性化を目指す、富山県総合デザインセンターは多くの企業を支援。また、同敷地内にある高岡市デザイン・工芸センターでは、高岡の伝統工芸を継承しながら、新しいクラフト製品の開発や新技術・新 素材の研究・開発などを行っている。

----高岡市の誇る伝統工芸は、鋳物の他に何がありますか?

林口さん「高岡の二大工芸は、銅器と漆器です。
 まずは、高岡銅器からお話しましょう。利長公が高岡に城下町をつくった際に、腕利きの鋳物師を呼び寄せたことは先にもお話ししましたが、それが始まりと伝えられています。当初は、鉄鋳物が中心でしたが、江戸中期から銅鋳物も盛んになり、明治期になると高度な技術を凝らした美術銅器が数多くつくられるようになりました。パリ万博で好評を博したことも手伝い、海外に輸出されるようになり、人気を集めたそうです。
 国の伝統工芸品に指定されている高岡銅器は、今もなお全国1位の生産額を誇っています。高岡には、鋳造、磨き、彫金などそれぞれの工程において、高度な技を持った熟練の職人がおり、近年では現代のライフスタイルに合った製品の開発も積極的に行い、それを支える技術は現代のものづくりにも生かされています。
 続いて、高岡漆器について。こちらも国の伝統工芸品に指定されています。この歴史も、利長公の開町に始まり、次々と新しい技法に挑戦することで、発展を遂げてきました。彫刻木地に色漆で彩色を施す技法=彫刻塗や、アワビなどの貝類で山水や花鳥などの模様を付けて表現する技法=青貝塗などいくつもの工程を重ね、加飾することで華やかさを与える演出は、高岡漆器の魅力です」

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高岡銅器の伝統的な着色技法を継承する、モメンタムファクトリー・Orii。美術工芸品や銅像、仏具などに色着けする。近年では、高岡の伝統的な手法を大切にしながらも新たな発色技法に挑み、確立。ひとつとして同じ斑紋はないことで、色には多彩な表情があることを教えてくれる。

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創業明治43年。伝統工芸高岡漆器の青貝加飾の制作を主軸に、建築や家具、金属製品など様々なものを生み出す、武蔵川工房。その長い歴史を支えた技法と「螺鈿をもっと身近なものとして楽しんでもらいたい」との思いを元に積極的に新しい制作にも挑戦し続ける。

----林口さんは、長く東京に暮らされていて、数年前に高岡に戻られたのですよね

林口さん「世界を違うものに見せてくれる価値観に出合えたら、そのモノやヒトをより良い形で世の中に伝えたいと考えています。それが私の仕事だ!と思い、東京では、現代アートと音楽の世界にどっぷりはまっていました。そんなこともあり、工芸は古いものというイメージすら持っていたと思います。その毎日から、高岡と東京を行き来する今に至ったきっかけは、東日本大震災です。皆様も同じように感じられたと思うのですが、いつ、どこで、誰に、何が起こるかわからない----と考えた時に、やりたいことは先延ばしにせずにやっておいた方がいいなぁ、と改めて思ったのです。
 私のやりたいことの一つに、原風景となっている実家の里山で、いつか父と一緒に畑でもしたいという思いがありました。もともと自然は大好きだったのですが、いつかなどといっていられない、状況は変わっていくものですから。それで週末だけ帰るようになったのですが、私の知っている里山が変わっていたのです。自分の大切なものは自分でちゃんと守らなければならない、と気づかされました。そんな中、伝統産業に携わっている同級生に話を聞いたりしました」

----厳しいのですか?

林口さん「売上は、いわゆるバブル期=ピーク時の1/3です。キツい仕事なのにその対価は少ないのですから、廃業などもあり、後継者がいないというのが現実のようです。職人の誇りをもって仕事をする、という価値観も戦後、変わって来ていることもあり、一様に苦労していることを知りました。
 それでも家を継ごう! と決めた人たちは、非常に誇りと熱意をもって取り組んでおられるということもわかりました。工場を回って見学していく中で、先ほどの里山と同じで、もしかすると5年、10年でなくなってしまうかも知れない、と思うと、なんて勿体ないことか! と。だからと言って、私に何かできる訳でもないのですが、それでも私にもできることをやらせてもらいたいと考え、今に至ります。
 それまでは、高岡に戻ることなど考えてもいませんでした。しかし、東京とこちらを行き来するようになってから山で畑仕事をしたり、四季折々の恵みをそこからいただいたり、釣った魚をその場で捌いて食べたりという生活が豊かだ、楽しいと感じている自分に気がつきました。
 そこで、仕事のアテなど何もなかったのですが、思い切って帰ることにしました」

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---最初は、東京を拠点にされたまま、時々高岡に戻られようとされたのですよね

林口さん「はい、でも何かが違うと思い、逆に高岡にいて時々東京に行ってはどうかと考えたところ、すとんと落ちたのです。
 高岡での仕事は、地元の人たちとご一緒する中で、どんどん広がり、私自身が工芸の魅力にはまって行きました」

----林口さんにとって工芸はとても魅力的なものだというのがよくわかります

林口さん「それは、美しいものだから。その美しいものが今の経済システムに合わないという理由でどんどんと失われていくことは人にとってマイナスと言いますか、本来持っている人間らしさ、人間として成り立たしめているものをなくしているんだと感じています。
 例えば、よく晴れた日の夕日が沈む姿の美しさが奪われてしまうとしたらどうでしょう。あって当たり前の美しさが、工芸の世界で失われるかも知れないという危機感を感じたのです。産業として成り立たない、食べて行かれないからやれないという理由で後継者が育たなかったり......。
 結局、人は感情で生きている動物です。心が動かされたり、それによって幸せな気持ちにもなり得ます。その幸せな気持ちにさせてくれる機会が減ってしまったら、生きていくのが辛いのではないか----丁寧な手仕事に出会うことというのは、その都度、美に出会って感動することではないでしょうか。もちろん、心を動かすものは、音楽や美術や小説などもあるでしょう。しかし、もっと身近で、自分自身の手で触りともに暮らすことができる美も大切だろうと思います。だからこそ、私たちに何ができるだろうか、と考えています。文化庁と北陸3県も"国際北陸工芸サミット"により日本の工芸を世界へ発信して行こうとしています。まずは、たくさんの人に知ってもらうことが大切だろうと私も思っています。
 工芸や伝統産業は、日本の特徴的な価値だから、残したり、磨いていくことが日本の生き残る術となるものだと国も考えているからこそ、力を注いでいるのだろうと思っています」

----400年、いや600年もの長きに亘って受け継がれている、高岡の伝統工芸を新しいアイデアを生み出す手法の一つである「ハッカソン」を採用して、「工芸ハッカソン」というイベントを企画しようと思われたのはなぜですか? 

林口さん「国だったり、富山県だったり、高岡市だったり、あるいは実際に現場にいる職人さんたちが色々なことに取り組んでおられます。とりわけ富山は、行政を挙げて尽力しており、新素材を取り入れた試みであったり、デザイナーさんと一緒に新しいものを生み出そうという動きなどはすでにあります。そういう状況の中で、自分が他にできることはなんだろう、と考えました。
 私の強みは、これまで築いてきたネットワークだと思っています。それは、アートや音楽だったり、仏教や科学だったり、その人たちとの繋がりであろうと。この繋がりが、直接は工芸の人たちと結びつかなくても、私の知っている分野の方々と工芸とで何か生み出すことはできるのではないか、と考えました。そこからハッカソンのアイデアを思いつきました。
 ハッカソンの魅力は、色々な分野の人たちが一つのチームになることだと考えています。そのディスカッションから、1対1では生み出し得ないアイデアの発展が期待できます。ハッカソンという形式を採ることで、我々の想像を超えるような発想が生まれるのではないか、と思ったからです。
 特に、今回はテクノロジーの分野の方々にご参加いただいています。先端テクノロジーの分野の方々に日本の工芸のことを知っていただきたいという思いがありましたから、このハッカソンという方法を選んでよかったと思っています。まずは知っていただきたかったし、その先の広がりを期待しました」

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「工芸ハッカソン」の会場は、平成6年に重要文化財に指定された菅野家住宅。高岡の土蔵造りの中でも、規模、質、保存度とも最も優れているという。

「工芸ハッカソン」は、後期日程の2017年11月19日にプレゼンテーション及び公開審査会を開催。一般の参加者も、そのアウトプットを楽しむことができる、街をあげてのイベントだ。
 審査で選ばれた作品は、2018年1月から2月にかけて富山は高岡市、富山市、そして魚津市で巡回展を行う予定だという。
 後期日程を間近に控え、熱を増し続ける「工芸サミット」では、そのプログラムの一環として、富山のものづくりと歴史や文化にふれる8つの「とやま工芸ツアー」も企画されているそうだ。

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 2015年(平成27年)4月には、文化庁の認定する"日本遺産"に認定された、高岡市。
 "日本遺産"、まだあまり馴染みのない言葉かもしれないが、文化財などを利用して、地域の歴史的魅力や特色をストーリーとして国内外に発信することで、地域の活性化を図る取り組みという。
 高岡が認定されたストーリーは、加賀前田家ゆかりの町民文化が花開くまち高岡--人、技、心--。
「工芸ハッカソン」で高岡の伝統工芸に触れる機会を得られたことで、この言葉に納得でき、改めて高岡というまちの魅力を思い出した。そして、このまちだからこそ、絶えることなく、いまも存続しうるのだろうと感じるのだ。

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林口砂里●Sari HAYASHIGUCHI
アート・プロデューサー。有限会社エピファニーワークス代表。
富山県高岡市出身。東京外国語大学中国語学科卒業。大学時代、留学先のロンドンで現代美術に出会い、アート・プロジェクトに携わることを志す。 ワタリウム美術館、水戸芸術館アートセンター、東京デザインセンター、P3 art and environmentでの勤務を経て、2005年に(有)エピファニーワークスを立ち上げる。現代美術、音楽、デザイン、仏教、科学と幅広い分野をつなげるプロジェクトの企画/プロデュースを手掛けている。また、2012年より拠点を高岡市に移し、東京と富山の二地域居住を続けながら、地域振興プロジェクトにも取り組んでいる。

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国際北陸工芸サミット
https://kogeisummit.jp/

工芸ハッカソン
https://kogeisummit.jp/hackathon/

とやま工芸ツアー
https://www.toyama-kogeitour.jp

文化創造都市高岡
http://bunkasouzou-takaoka.jp/

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健やかに生きるために何をしていますか?

随分と時間が空いてしまいました、すみません! 気がつけば、前回の投稿から一年以上もの時間が経っていました。その間の私と言えば、久方ぶりに引越しをしたりもしまして......あ、いや、それに一年ほどの時間がかかったとはもちろん言いません。しかし、そんなこともあったせいか、これまでよりも毎日の暮らしについて、自身の身を置く空間について考えるようになったと思えます。
 考えてみますと、ここ数年、ビューティ的な視点で見ましても、健やかで美しくいたいなら毎日の生活を見直すことがその一歩になるのだ、と思わされたりもしていました。そして、 今年=2017年1月にデビューした、新しいブランドもまた、そんなことを考えさせてくれたのです。
 オーガニックコスメブランド「テラクオーレ」の豊かな香りをホーム新たな形で表現したホームフレグランスルブランド「テラクオーレ ノーツ」。今回は、その新ブランドの開発に従事された澤木奈津子さんにお話を聞きます。

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----たくさんの人に愛されているオーガニックコスメ「テラクオーレ」から、その名前を付しながらもそれとは別に新しいブランドを今回作られたのには、どのようなお考えがあったのでしょう

澤木奈津子さん  「テラクオーレ ノーツ」は、「テラクオーレ」から生まれたホームフレグランスブランドです。基本的には香りに拘った雑貨アイテムをメインにラインナップしています。
 「テラクオーレ」というブランドは、エッセンシャルオイルの豊かな香りが特徴だろうと考えているため、そのフィロソフィーを生かしたかったのです。それも新しいオリジナルブランドとして雑貨を主軸に構成したもので。
 弊社イデアインターナショナルは、雑貨をメインに扱う会社です。その強みを生かした形で、フレグランスをキーにしたオリジナルのブランドを作りたいと考えました。
 そして生まれた「テラクオーレ ノーツ」は、家の中のさまざまな空間で香りを楽しんで頂きたいという願いを込めたアイテムで展開しています。

----初めて「テラクオーレ ノーツ」を見たとき、「テラクオーレ」のイメージとは違ったシンプルなパッケージに驚きました

澤木さん  この「テラクオーレ ノーツ」を作る上で大事にしたのは、ユニセックスなイメージにしたいということでした。パッケージももちろんそうですが、中身=香りもそう。パートナーと、あるいはファミリーで、など暮らしの形はさまざまです。
 化粧品というものは、現在はメンズコスメもありますが、女性に向けたものがやはり多くを占めるものだろうと思います。しかし雑貨であれば、そのジェンダー的な垣根を越えられます。
 そんな考えから、香りやパッケージは男性女性問わず使っていただけるようなものにしたかったのです。

----昨今耳にする言葉、シェアドコスメを思い出しました

澤木さん  このプロジェクトがスタートした頃、"シェアドコスメ"や"シェアドフレグランス"という言葉を頻繁に見かけました。言うなれば、シェアドワードローブ! 女性がメンズっぽい装いをするのが当たり前になってきましたし、男性は恋人や奥様が使っているコスメを使うという場合も少なくないなど、ジェンダーレス化が進んでいたという背景も「テラクオーレ ノーツ」のイデオロギーは少なからず影響を受けています。そんな時代の潮流の中で、「テラクオーレ ノーツ」は、"はじめよう、香りをシェアするライフスタイル"をブランドコンセプトに掲げて誕生しました。同じ香りをシェアする、同じ香りを身に纏うということで、見えない絆のようなものを感じていただきたい、という想いで製品作りをしています。

----ライフスタイルを改めて考えるきっかけをも作ってくれそうです。そんなブランドにとっての、現時点でのシグネチャーアイテムは何になりますか

澤木さん  「フレグランス ファブリックミスト」と「フレグランス ルームミスト」の2種のミスト アイテムがメインプロダクトと考えています。この2種には残香性の強弱に違いがあり、用途にあわせて、ファブリックミストは"ふんわり"、ルームミストは"ややしっかり"香るようにしています。
 それぞれ3種類から選んでいただけるようにした香りに、消臭と除菌の機能を持たせています。気になる臭いはしっかりと抑えながらも香りは心地よく広がるものにできたと思います。

----パッケージデザインからもブランドの思いを感じます

澤木さん  パッケージに記した5本の線は、五線譜を表現しました。これは、ブランド名「ノーツ」の基である"ノート"を五線譜で表現したものです。ノートとはもともと"音符"という意味を持つ言葉だそうで、それを香調という形で転用しています。

 このパッケージに至るまで、ロゴも多数の案がありましたし、ボトルに関しては最終的にシンプルでミニマルな形に決定しました。その選択には「ブランドとして、どのようなイメージを描きたいか」というこだわりの想いがありました。『テラクオーレ ノーツ』は、インテリアとしても空間に調和するようなデザインであるということを大切にしました。そのような印象を感じられているものに仕上がっているでしょうか?

----ムスキーは少し温かみ感じますし、フレッシュな雰囲気が欲しい時にはシトラスかしら? など3種類からその日の気分で選べるのが嬉しいです

澤木さん  開発段階では、各ノートの香りをいくつか検討していて、そして最終的に採択したのが、この3種類でした。このブランドがが「テラクオーレ」のブランド理念を踏襲していることを考えますと、メインであるダマスクローズの香りを入れたいとは思っていました。そうすると、フローラルは外せません。また、通年で使っていただけることを考えますと、爽やかなシトラスも加えたいと思いました。それから少し甘めの香りを好まれる方にはムスキーを、と考えて最終的にこの3種類になりました。
 発売前のアンケートなどでは、ムスキーに人気が集まりました。香りの嗜好は季節によっても変わりますね。日毎に秋が深まりゆくこれからの季節にはぴったりだと思います。ちなみに、夏はやはり爽やかなシトラスに人気があります。そして、フローラルは意外にも女性ではなく男性に人気があるのですよ!
 そんな3種それぞれの香りは、テラクオーレでも関わりのあるイタリア人の調香師が生み出した香りをベースにブレンドして作られています。

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----記憶と結びつきやすいものであるなど、色々な作用のある香りですが、澤木さんは香りをどのように考えておられますか

澤木さん  香りは目に見えるものではないですが、人の心や身体の調子に対して密接に働くものだと考えています。心地よく、そしてリラックスし得るもの。だからこそ、フレグランス雑貨----アロマデュフューザーやファブリックミストであるなど、香りを楽しむものには世の中にはたくさんあるのだと思います。テラクオーレ ノーツでは、手軽におためしいただけるような価格帯でありながら、ブレンドされた繊細な香りを提供できるようにしたいと思いました。立ち上る香りは時間の経過と共に変容するものであるように。

----その思いは、バスで楽しむものにまで及ぶアイテム構成からも伝わってきます

「テラクオーレ」はイタリアで作っているオーガニックコスメなのですが、「テラクオーレ ノーツ」は日本で作っています。
インバスのアイテムについては、ボディスクラブはアンズとアーモンドの2種類の植物由来スクラブを配合しています。基本的に植物由来のオイルやエキスなどを用い、できるだけ肌へのやさしさを考えて作る事を心がけています。

----今後のブランドの展開についてお聞かせください

澤木さん  寝室に入った時、あるいはリビングにいる時、それからバスルームに仄かに、しかし確かに感じる香りは緊張した心を解いてくれると思うのです。香りとは二律背反で、意識的なものでありますが、無意識的なところもあるもの。一日の中のわずかでもホッとする時間を過ごしていただけると嬉しいです。
 昨今、ちょっとしたホームパーティーもそうですし、住宅の間取りなどを見ていましても、オープンキッチンであるものも多かったりします。こういったことから想うのは、どこかに人の気配を感じていたかったり、人との繋がりを大事にしたいという意識の表れではないか、と。同じ感覚を共有し合う----インテリアが暮らしを彩るものであるように、香りもそうでありたい。いつもの空間が今よりも豊かで、特別な時をももたらすものであればいいなぁと願っています。目に見えないものだけど、だからこそいつもの空間を変える力があるように思えます。
 「テラクオーレ ノーツ」の主軸となる香りは、精油と香料を絶妙にブレンドし、それらが溶け合うことで香りの立ち始めにやわらかさを与えました。香りだけが主張するのではなく、空間になじみながら存在するのはブランドの魅力の一つです。そして、今後も大切にしながら、香りの豊かさを感じられるアイテムをこれからも提案していきたいと考えています。

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フレグラス ファブリックミスト(フローラル ノーツ、シトラス ノーツ、ムスキー ノーツ) 各300ml ¥1,800 テラクオーレ ノーツ(イデアインターナショナル)

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澤木奈津子さん●Natsuko SAWAKI
株式会社イデアインターナショナル
商品本部 商品部 オーガニックMDグループ
化粧品メーカーにて約8年、スキンケア・メイクアップ商品開発に携わり、2015年よりイデアインターナショナルにて「テラクオーレ」および「テラクオーレ ノーツ」の商品企画開発を担当、現在に至る。

問い合わせ先
テラクオーレ ノーツ / イデアインターナショナル tel: 03-5446-9530
http://terracuore.com/notes/

オー・デ・コロンの芳香する時間、その宿すエネルギー

美しい吹きガラスのボトルに包み、アスティエ・ド・ヴィラットがこの夏、7種の香水=オー・デ・コロンを発表。その内の4種は、2008年にすでに発表されている香りだが、装いを新たに新作としてラインナップしている。

 これまで幾度か彼らに話を聞いてきたが、その機会を得る度に感じるのは、パルファンでもトワレでもなく、オー・デ・コロンであることに拘り、大切なアイテムとしてクリエーションし続けていることだ。更に、同じ香りのアイテムでもキャンドルなどとは異なるものとして位置付けていることについてなど、彼らの考える香りについて探りたいと思う。

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----既存の4本を含めた7本をラインナップし、更にボトルデザインを大きく変えて発売されたオー・デ・コロン。それにはきっと何か、お二人に思うところがあって、このような決断をされたのだろうと想像しています

ブノワ・アスティエ・ド・ ヴィラット(以下、ブノワ)「今回、パッケージにはとても拘りました。瓶の高さはもちろんのこと、スプレーの押すところなどにも納得のいくところまで向き合い、試作を重ねました。

 そんな今回の発表で、イメージを大きく変えたいと思ったのにはいくつかの理由があります。

 まずこれまで創ってきた陶器やキャンドルなどのアイテムは、家の中で楽しむために考えたものであること。しかし、オー・デ・コロンは違います。自分の肌につけて外に出て、楽しむものである、と改めて考えたからです。そのエネルギーは外に向いていて、家の中で楽しむものとは全く異なるものであると思うのです。それから、香水の香りというのは、キャンドルとは違って、しっかり匂わないと把握できないものであるとも考えました」

----4月に新しく2店舗目のお店をオープンさせたことも理由の一つにあるのかしら、と想像しています

イヴァン・ペリコーリ(以下、イヴァン)「昔から僕たちのことを取材してくださっているからご存知だと思うのですが、このブランドには偶然が生み出すことが多くあるのです。確かに2店舗目をオープンする予定でいましたから、その店に置く香水を、とは考えました。しかし、オープンに合わせて発表したいと考えてはおらず、ただひたすらに早く創りたいとだけ思い続け、努めてきました。お店のオープンと重なったのは全くの偶然です。熟した果実が突然落ちたと思ったら、掌にぴたりと収まったような----いつもこういった嬉しい偶然の重なりの連続で、それが僕たちに良い結果をもたらしてくれています。良いものができたりとか、良い発表の場に出会えたりなど」

----香水とキャンドルを創る上での、それぞれの意識の違いはいかがですか?

ブノワ「香水以外の香りのアイテムは、キャンドルの他にも消しゴムと線香があります。これら3つのアイテムは"旅"をテーマに、僕たちは自由に創っています。そこにルールやレギュレーションなどはほぼないのです。しかし、香水は違います。ルールがあります。これは調香師のフランソワーズ・キャロンも言っているのですが、本来オー・デ・コロンであるためには基本的に柑橘系をベースにしなくてはならない、とかね。そんな肌につけて楽しむものである香水を、部屋の中で楽しみ、インテリアとしてのカテゴリだと言えるキャンドルとはまったく異なるものだと僕たちは考えています。そして香水とは、"美容=beauté"であると思っているのです」

----全てのオー・デ・コロンのベースがシトラス(柑橘系)の限りではなく、おそらくは他のベースで創ることも可能であると思います。しかし、そのルールを布いて創られていることが興味深いです

イヴァン「確かに他のベースで創ることも考えられますし、流通しているものの中にはいろいろな香りが存在します。でも、(調香師の)フランソワーズ・キャロンも僕たちも、ベーシックでオーソドックスな香りで創りたいと思いました。そして、その考えを大切にしながら、例えばベースとなる香りにバーベナなどの香りを加えることで変化を持たせています」

----フランソワーズ・キャロンさんのお名前が出ましたが、今回の新作では調香師のクリストフ・レイノーさんのお名前もありますね

ブノワ「実は、フランソワーズ・キャロンは以前より仕事を辞める方向で考えていたのです。いわゆる定年をむかえられる頃からそのような話をされていたのですが、アスティエ・ド・ヴィラットのためだけに3年の間、続けてくださっていました。そして3年が経った時に、彼女の旦那さんが「もういいでしょう。これからは、僕たちの老後について考えていきましょう」と仰ったと聞いています。

 いよいよ困った、と調香師を躍起に探していたところ、知人から薦めてもらったのがクリストフ・レイノーです。彼女も「彼はいいよ」と言ってくれたこともあり、彼にお願いすることにしたのです。今回、「スプラッシュ・オランジュ・アメール」を手がけています」

----お二人としてはどうでしたか? 彼に決めた理由を聞かせて頂けませんか

ブノワ「フランソワーズ・キャロンとは全く違う(笑) 彼女がとても女性的なのに対し、クリストフ・レイノーはとても男性的です。しかし、そんな二人にも共通していることがあります。それは、非常にシンプルに、わかりやすく香りを生み出すこと。いろいろな要素が複雑に絡み合って一体何の香りだろう......というものを彼らは共に良しとしません。香りにおいての考え方や創り方が似ていると感じられ、クリストフ・レイノーにお願いすることにしました」

----これまでのインタビューでもお聞きしたことがありますが、今のお二人にお聞きしたいです、陶器ももちろん大切なプロダクトであると思いますが、香りのプロダクトにも大変な思い入れがあるように感じます。毎日の暮らしに鮮やかな色を加えてくれるような----セラミックやガラスなど----ブランドとしてはどのようにお考えでしょう?

ブノワ「香りが、ただ単純に好きなのです。だからこそ、しっかり創っていきたいと考えています。また、今回新たにパリにお店をオープンさせた際に何を置こうか、と楽しみながら考えていました。"あれはどうだろう、これもいいかもしれない......"と頭の中で思い巡らす時間は、まるでこどもが空想して楽しんでいるような感じだろうと思います。美しいものと一緒に香りものを置きたい......とずっと考えていました。そうしたら、香りのアイテムをメインにしたお店ができたのです。たまたまそうなりました、これも偶然(笑)」

----お二人はオー・デ・コロン作りをどのようにお考えなのでしょう? また今回の発表で用意された香りの数が7種だったことに理由はあるのですか?

イヴァン「僕たちはただ、香りを、香水を創りたいという思いしかありません。7種類の7がマーケティング的に良いとか、好きな数字であるとかではなく単なる偶然7種類だっただけです。

 先ほどもお話をしましたが、オー・デ・コロン作りにはルールがあるため"こんな香りはどうかな......"などと慎重に探りながら創っていかなければなりません。大変に難しいことではありますが、クリエーションを刺激してくれることでもあると思えます」

ブノワ「新しい香りを創ろうと考えるたび、僕たちは"こういう香りがいいな......"とシンプルな言葉で伝えます。その後、試作品がフランソワーズやクリフトフによって出来上がってくると、その想像もしていない香りや面白い香りに驚きを感じることがあるのです。今回のオー・デ・コロンは、試作を何度も何度も繰り返し行い、創りました。その結果、7つの種類で発表することなったのです」

----この香りで行こう! と最終的な決定を下すのは......

ブノワ「僕たちと、香りの製品全般を担当しているエミリー・マゾーの3人で決めます。

 調香師のフランソワーズとクリフトフは僕たちの創りたい香りの方向性をよく理解してくれていて、僕たちの求めるシンプルな香りを生み出してくれます。

 前々回のインタビューだったと思います、その時に話したキャンドルの創り方とは少し異なり、オー・デ・コロンについてはもともと僕たちそれぞれの家族が日常的に使っており、毎日の生活の中にあることがベースにあります。しかし、親しみがあるからと言って、その使っていた頃を思い出したり、懐かしむために使うものとは全く考えていません」

イヴァン「回顧するのためだとか、記憶を呼び起こすものではなく、オー・デ・コロンにはフレッシュで爽やかな香りを求めています」

ブノワ「昔からオー・デ・コロンにはアルコールが配合されていて、子供たちの肌を清潔に整えるために用いてもいました。薬のような役目であったと言っても----例えば、肌を清潔にするためのものであるとか、身体を清めるためなど----決して過言ではないだろうと思います。そんな自分の身体の状態を整え、延いては守るためのものであったように、僕たちのオー・デ・コロンもそうありたいと思って創っています。だから、香りに関しても、清らかで新鮮さをもたらしてくれるものであると同時に、心地よくて気持ちよく使えるものを模索し続けています。僕の好きなサンタ・マリア・ノヴェッラももともと薬局だしね!」

イヴァン「新作の香りを創っている中でとても面白かったことを一つお話しましょう。フランソワーズとクリストフにそれぞれ同じテーマを伝えたのです。でも、両者で全く個性の異なる香りが出来上がってきました。フランソワーズは「ÉLIXIR DU DR FLAIR(エリクス・デュ・フレー)」を、クリストフは「SPLASH OLANGE AMÈRE(スプラッシュ・オランジュ・アメール)」を創ったのです(笑) こんなにも違う香りが出来るものか! という嬉しくて愉しい驚きがありました」

----香りのテーマについてのお聞かせください。二人の調香師に対して、どのような伝え方をされるのですか?

ブノワ「とてもとてもシンプルに伝えます。主語と述語くらいの、簡単な一文をポンと渡すだけです。それがフランソワーズには良いようで、「ありがとう」との言葉を毎回のようにくれました。どんな伝え方をするのが良いのかはわからないし、きっと正解などないのだろうと思います。しかし、彼女と僕たちにはシンプルな言葉が良かったのだろうと思えます」

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Photo Sophie Delaporte

紳士的なブノワさんと、少年のようなイヴァンさん。これまでに何度かお会いする機会を得、彼らと話をする中で、いつからかこの二人が仲良く仕事を続けられていることについて興味を持つようになった----例えば、テーマを伝える時にも揉めたりしないのか、なども----ブノワさんからは「性格は全く違います」と聞いたことがあるし、雰囲気も異なる。ますます彼らについての興味は増しながらも謎めいていて、しかし恐らくは美しいものや良いと思えるものに関しては非常に近い感覚を互いに持っていると思えるのだろう、と想像できるくらいになってきた今回、ようやく訊ねる勇気を持てた。「違っていて当然だし、こういう意見もあるのだと思えることができることが楽しい」とブノワさんは話してくれた。

 互いを信頼し、尊敬し合う二人が生み出すオー・デ・コロンは、偶然というスパイスとともに今日なフレッシュで静かなエネルギーをも与えてくれる。

オー・デ・コロン

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「SPLASH OLANGE AMÈRE(スプラッシュ・オランジュ・アメール)」

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「GRAND CHALET(グラン・シャレ)」

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「ÉLIXIR DU DR FLAIR(エリクス・デュ・フレー)」

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「EAU FUGACE(オー・フュガス)」

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「EAU CHIC(オー・シック)」

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「EAU DE COlOGNE ASTIER DE VILLATTE(オー・デ・コロン アスティエ・ド・ヴィラット)」

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「COLOGNE 1871 EN COLLABORATION AVEC COMMUNE DE PARIS(コローニュ・1871 コミューン・ド・パリとのコラボレーション)」

スプレーボトル (各50ml ¥13,200(税抜)、各150ml ¥20,220(税抜))、スプラッシュボトル 各900ml ¥50,000(税抜)全て、アスティエ・ド・ヴィラット(ARTS&SCIENCE)

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Photo Ayumi Shino

Astier de villatte ● アスティエ・ド・ ヴィラット

1996年、イヴァン・ペリコーリとブノワ・アスティエ・ド・ヴィラットは、アスティエ・ド・ヴィラット家の兄弟とエコール・デ・ボザール出身の友人達とともに「アスティエ・ド・ ヴィラット」をスタート。同年9月には、メゾン・エ・オブジェ で初めての展示会を開いた。その後、2000 年にパレス・ロワイヤルとルーブル美術館にも近いサントノーレに店舗を構え、工房はマセナ通りの自然光の 降り注ぐ場所へと移す。香りのプロダクトを創るきっかけがあったのは、2008年。ちょっとした遊び心で食器用洗浄剤を1000本生産した事による。日本のフレグランスメーカー高砂香料の調香師であるフランソワーズ・キャロンと、また2016年よりクリフトフ・レイノーを加えてオー・デ・コロンを開発。ハンドケア製品とキャンドルのコレクションを発表した。そして今年=2016 年、初めての書籍「Ma vie Paris マ・ヴィ・ア・パリ(私のパリ生活)」を出版。今秋には、日本語による副読本の付録版も刊行を予定している。

Astier de Villatte

http://www.astierdevillatte.com/

ARTS&SCIENCE CO.,LTD

Tel: 03-3498-1091

http://www.arts-science.com/

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